むろうじ|真言宗室生寺派|宀一山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方室生寺のお参りの記録一覧
絞り込み

室生川が形成した急峻な山の斜面に造営された
山岳寺院です。鎧坂を上がると狭い平地を利用して
建てられたお堂が···。弥勒堂、金堂、本堂、五重塔
そして石段を上り切ると御影堂。
そもそもは、777年山部親王(のちの桓武天皇)の
病気平癒のため、室生山中で5人の僧が延寿祈祷を
行ったのが始まりとのこと。
木々の中にひっそりと佇むお堂そして仏像、でも心の中に沁み入る美しさは室生寺さん独特の美しさだと思います。
初めてお参りした時お堂の中で観た釈迦如来坐像
十一面観音菩薩立像、地蔵菩薩立像、そして十二神将のうち6体は、2019年(令和元年)オープンした宝仏殿に安置されています。
山号:宀一山(べんいちさん)
宗派:真言宗豊山派
御本尊:如意輪観世音菩薩
創建:770年〜781年(宝亀年間)



近鉄・室生口大野駅から奈良交通バスにて室生寺に向かう。写真家・土門拳氏の愛した有名な旅館が寺の前にあり、その旅館からこの橋を渡ると室生寺である。
バス停からは参道が続き、焼いたヨモギ餅を売る店が並ぶ。
実際に訪れての感想は、コンパクトで可愛らしいお寺だな、であった。
五重塔、茅葺屋根のお堂。昔ながらの建物。
更には、本数の少ない路線バスを「待ってー!」と走り、飛び乗り山の中へ。
ああ、古都に来たのだなと思うのであった。
今回は、本数の少ないバスの時間を気にして、往復1400段の奥の院に行けなかったこと。
橋本屋旅館の前で尻もちをついて、恥ずかしさのあまり、お腹空いてるのにヨモギ餅を食べられなかったこと。残念無念。
次回は、もう少し余裕をもって、奥の院に行きたい。
https://note.com/shaludone1/n/nca192c9557de
興味のある方は、こちらを。
もっと読む

【宀一山(べんいちさん)室生寺(むろうじ)】
本尊:如意輪観音
宗派:真言宗室生寺派
開基:賢憬(けんきょう)
~『百寺巡礼』五木寛之氏が選んだ百の名刹 第1番~
室生寺は、寺伝によると、第40代 天武天皇(在位:673-686)の勅命により役行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)が草創し、のちに弘法大師(774-835)が唐の恵果より授かった三国伝来の如意宝珠を護る寺として信仰されたと伝えられる。また、皇太子山部親王(のちの第50代 桓武天皇(在位:781-806))の病気平癒を願ってこの地で祈祷を行ったところ、親王は快癒され、これが室生寺創建へとつながったという。史料によると、室生寺は、奈良時代末期の宝亀年間(770-781)、桓武天皇の命で興福寺の僧・賢憬(714-793)によって開かれたとされる。賢憬は山部親王の病気平癒を祈願した5人の僧の一人と推定される。
室生寺は中世を通じ興福寺(法相宗)末寺であったが、江戸時代の1694(元禄7)年に護持院 隆光(ごじいんりゅうこう)(1649-1724)(護持院は江戸の神田にあった真言宗の寺院。奈良県桜井市の長谷寺の一派であった。)の拝領するところとなり、護国寺(東京都文京区にある真言宗豊山派の寺)末の真言寺院となった。翌年、徳川綱吉の母・桂昌院(けいしょういん)の寄進により、堂塔の修理が行われた。1698(元禄11)年、室生寺は真言宗豊山派の一本寺となって護国寺から独立。1964(昭和39)年には真言宗豊山派から独立し、真言宗室生寺派の大本山となった。山号の「宀一」は「室」のうかんむりと「生」の最後の一画だという。
~『百寺巡礼 第一巻 奈良』五木寛之(講談社、2003)~
「大和路秀麗 八十八面観音巡礼」 で参拝。
もっと読む

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
































































