むろうじ|真言宗室生寺派|宀一山
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楽しみ方室生寺のお参りの記録一覧
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amako
2022年04月09日(土)12投稿

笑顔☆
2021年11月14日(日)85投稿

湯守りと妖怪
2021年10月17日(日)41投稿
室生寺の創建についてはつまびらかでないが、かっては龍王寺と呼ばれていた時期もあるようですから、龍穴神社との関係性も強いようです。
室生寺の由来を記した「宀一秘記」(宀一は室生の略)には天武天皇の勅願で役行者が開創、後に淳和天皇の命によって空海が再興したとあるが、後世の付記のようである。
しかし、「続日本記」や室生寺に関する現存最古の資料とされる「宀一山分度者奏状」などでは、777年(宝亀八)皇太子の山部親王(桓武天皇)が病に伏した時、浄行僧五人が室生山中で「延寿法」を修し病気が平癒した。
その縁で後に興福寺の大僧都賢景が勅命を受け室生山寺を開山したとあり、これが草創に関する記録と考えられています。
賢景のあとを継いだのが同じ興福寺出身の修円であり、平安時代の始めに室生寺に入山、今に残る五重塔・金堂など伽藍を造営。
江戸時代の1694年(元禄七)五代将軍徳川綱吉の篤い信頼を得ていた真言僧隆光は、永く興福寺の支配下にあった室生寺を興福寺から譲り受け住職に就任するとともに寺を真言宗寺院にしています。
室生寺はまた「女人高野」の美しい響きで親しまれています。
かって高野山で女人禁制であったのに対し、室生寺は女人の参詣を許しました。
1450年(宝徳二)九条家不断光院の尼衆が室生寺を参詣、記録としてはこれが初めての女人参詣であるが、
実際にはそれ以前から行われていたようです。
参詣者の八割が女性ともいわれており、奥の院への急な階段も女性に登りやすい階段となっております。
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のるせら
2021年07月24日(土)70投稿

nobi Hage
2021年06月23日(水)2投稿

穏暖
2021年06月01日(火)878投稿

ゆん
2021年04月06日(火)77投稿

岩田幸雄
2021年01月23日(土)59投稿

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