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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年8月※添御縣坐神社ではいただけません

そうのみあがたにいますじんじゃ

添御縣坐神社

奈良県 富雄駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

あり

おすすめの投稿

ますみん
2022年03月02日(水)
778投稿

創始年代は明らかではないが、恐らく添御縣の国魂神を添縣主が祀っていたものでありまた、当社鎮座地付近は古代豪族である小野氏が治める村里であったとされ、小野氏の氏神として祭祀されたものとのことです。大和国に6つある御縣神社の1つです。
読み方が、とっても難しい(そうのみあがたにますじんじゃ)で、何回読んでも覚えられません。汗
隣接する根聖院
https://hotokami.jp/area/nara/Hmgtm/Hmgtmtk/Dzkym/13202/1745/
は、こちらの神宮寺だとのこと。
境内摂社には、福神宮(小野福麿公を祀る)、英霊殿、恵比須神社、天之香具山神社、竜王神社がいらっしゃいました。
竜王様は、山の奥に鎮座しています。

添御縣坐神社(奈良県)

参道

添御縣坐神社(奈良県)

重要文化財の看板

添御縣坐神社(奈良県)

手水舎

添御縣坐神社の御朱印

由緒

添御縣坐神社の末社

恵比寿神社

添御縣坐神社(奈良県)

英霊殿

添御縣坐神社(奈良県)添御縣坐神社(奈良県)

拝殿

添御縣坐神社(奈良県)

本殿(重文)

添御縣坐神社(奈良県)

福神宮

添御縣坐神社の末社

九乃明神社

添御縣坐神社の建物その他

遥拝所

添御縣坐神社の周辺

竜王社への道

添御縣坐神社の末社

天香久山神社

添御縣坐神社の末社

竜王神社

添御縣坐神社(奈良県)

境内図

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歴史

御由緒 当神社の名称は、「大和の国の添郡に設置された御県に鎮坐する神社」を意味する。
創建の年代は不詳ながら、古墳時代の遡ると考えられる。古老の口伝によると、三柱の祭神の内、武乳速之命は実は大和の先住民の首長・長髄彦で、神武天皇による大和平定の際に、捲土重来を期して蜂起を図る先住民を説き伏せた上自害し、これを惜しんだ遺民が当地にその霊を祀ったのが鎮座の起源という。しかし明治時代以降、神武天皇敬仰の風潮の中で本名を表出することを憚り、改称したという。
現本殿は南北朝時代末期の永徳3年(1383)の建立で国指定重要文化財。例大祭は10月第3日曜日、市内随一の児童数最多地域として多くの子供で賑わう。

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添御縣坐神社の基本情報

住所奈良県奈良市三碓三丁目5-8
行き方
アクセスを詳しく見る
名称添御縣坐神社
読み方そうのみあがたにいますじんじゃ
通称三碓神社
参拝時間

社務所:9:00〜16:00

参拝にかかる時間

15分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし

詳細情報

ご祭神《主》建速須佐之男命,武乳速之命,櫛稲田姫之命
本殿五間社流造
ご由緒

御由緒 当神社の名称は、「大和の国の添郡に設置された御県に鎮坐する神社」を意味する。
創建の年代は不詳ながら、古墳時代の遡ると考えられる。古老の口伝によると、三柱の祭神の内、武乳速之命は実は大和の先住民の首長・長髄彦で、神武天皇による大和平定の際に、捲土重来を期して蜂起を図る先住民を説き伏せた上自害し、これを惜しんだ遺民が当地にその霊を祀ったのが鎮座の起源という。しかし明治時代以降、神武天皇敬仰の風潮の中で本名を表出することを憚り、改称したという。
現本殿は南北朝時代末期の永徳3年(1383)の建立で国指定重要文化財。例大祭は10月第3日曜日、市内随一の児童数最多地域として多くの子供で賑わう。

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