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とうだいじ|華厳宗大本山

東大寺のお参りの記録一覧
奈良県 近鉄奈良駅

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湯守りと妖怪
湯守りと妖怪
2021年03月17日(水)41投稿

東大寺投稿の二回目です。
大仏殿周辺を周ってみました。
一部を除いて華やかさもなく、普通に通り過ぎ、興味を持たれることもなく、悠久の時間に埋もれたところを周ってみました。
東大寺こその歴史の時間に気を留めてもらえる機会になれば。
映えない写真ばかりですが。

東大寺の山門・神門

西面大路に開く三つの門のうち一番北の門です。
東大寺鎮守八幡宮(手向山神社)の転害(碾磑)会の時、ここに神輿を安置した
ことからの名といわれています。
1180年の平氏焼討や1567年の兵火のにも焼け残っています。
鎌倉初期に手が加えられているが、ほぼ天平の姿を留めています。

東大寺の周辺

中御門跡
西面大路に開く中門跡の礎石。
普通に車が通行しており案内もありません。

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湯守りと妖怪
湯守りと妖怪
2021年03月13日(土)41投稿

神仏霊場会 奈良1番
関西圏では小学校の遠足や修学旅行で一度は訪れる東大寺。
あまりにも有名過ぎて、あまりにも広大すぎて、ちょっと投稿するには扱い難い東大寺。
一般的な観光ルートを一寸それて廻ってみました。
初回投稿は南大門から大仏殿。
次回投稿は大仏殿周辺部。
三回目は上院から手向山八幡宮。

1200有余年、東大寺の創建以前に金鍾寺・福寿寺などの幾つかの寺院が存在していたようです。741年に統合されて大和国分寺「金光明寺」となっています。
743年大仏建立の詔が聖武天皇により発せられ、廬舎那如来の大仏を本尊とする東大寺建立が始まります。
大仏造営の勧進は行基、開山は良弁です。
中世以降は、平氏による南都焼き討ちにより伽藍のほとんどを焼失、勧進に抜擢された重源により大仏や大仏殿の復興を成し遂げています。
戦国時代には再び大仏殿が焼失、大仏は山田道安により修理されるも120年間雨ざらしのままとなり、公慶により現在に伝わる大仏殿が復興されています。

奈良時代創建時の建物としては、転害門・正倉院宝庫・法華堂正堂と校倉数棟を残すのみです。
鎌倉時代再建のものとしては、南大門・鐘楼・法華堂礼堂などがあり、江戸元禄時代再建の大仏殿は横幅を7割程度に減じて再建されています。

季節がら映える写真もなく無機質散文的なのはご辛抱を。間違いや記憶違いも有ろうかと思いますので、徐々に追加訂正をしたくおもいます。
ちょっと重たいですが我慢のほどを。

東大寺の山門・神門

南大門 国宝
天平創立の南大門は、962年・989年に倒れ1161年再建されています。
1180年の南都焼き討ちで焼けたかどうかは不明ですが、現在の門は1199年に上棟されたものです。
南大門と言えば国宝金剛力士像、運慶・快慶ら一門が69日間で完成させたと言われています。この剛健な作風が後世の力士像すべてが追っています。
阿形・吽形の配置は、向かって右が阿形、左を吽形とするのが通例ですが、左右が逆になっています。
また、外を向いた南面せず、面々相対して立ち中央の一点をにらみあう形となっています。
おそらく天平創建時の形を引き継いでいると想われます。

東大寺のその他建物

南大門 柱の弾痕
戦国時代 三好・松永の兵により撃ち込まれた鉄砲玉の跡、と言われていますが、節の後や虫食いの穴、弾痕跡なのか❓、ほじって観るわけにもいかず、これかなと想うものをアップしました。

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湯守りと妖怪
湯守りと妖怪
2021年03月20日(土)41投稿

東大寺の投稿三回目で上院を周ってみました。
明治維新の廃仏毀釈は深刻な影響を与え、廃藩置県による寺領の消滅や境内地の上地は大仏殿などの巨大な堂宇を持つ東大寺には、大変な苦労があったと思います。
明治八年には北林院など八ケ寺を取り壊し、十一年には物持院の建物や建具を売却。
先人たちの苦労に感謝します。

東大寺の末社・摂社

辛国神社
辛国氏は渡来系の氏族で鍛冶を職として天皇に仕えたとされます。
東大寺の気比神社の東南に辛国堂が現存し、東大寺創建事業における功績を評価し現在まで大事にされています。
金鷲行者時代の良弁と法力比べをした辛国行者(役行者の弟子、韓国連広足とも)を祀ると言われています。
法力比べで辛国行者の投げた剣が納められた所が勧進所にある剣塚だとされています。
辛国氏に対する金鷲業者(良弁)の優位は動かず、金鷲業者が住んで修行を重ね聖武天皇の目に留まって得度が許されたゆかりの金鐘寺が、法華堂として東大寺の主要な伽藍の一つとなり国宝になっている現状が金鷲優位を示しています。

東大寺のその他建物

俊乗堂
治承4年東大寺大仏を焼いた平重衡の軍勢の先陣をつとめた阿波民部重能(田口成良)の贖罪救済のために俊乗坊重源上人が建てたという浄土堂の旧地で、重源五百年忌として1704年公慶上人が、その跡に大仏殿の余材で建立したとされます。
堂の中央には国宝「重源上人座像」が安置されています。俊乗忌や良弁忌に参拝できると思いますが。

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ちゅりぶり
ちゅりぶり
2020年09月29日(火)184投稿

このお寺の最大の特長は、朝早くから参拝ができることです。開門は7時半です。寺院にしては珍しく早起きです。
いつもはいっぱいで、停めるところすらない駐車場も、早朝なら停め放題。前日夕方に訪問したのですが、人は多い、車は多い、駐車場を探すだけで時間がかかり、結局、参拝を諦め翌日に回しました。

新薬師寺など手軽に参拝できる寺社にいったのですが、これが正解‼️東大寺は朝訪問しましょう。

自分は春日大社の駐車場に停めて参拝に行きました。東大寺は拝観に時間がかかるので、時間制よりは定額停め放題の駐車場が便利です。後で春日大社にも参拝することを考えてそちらに停めました。緩やかな下り坂なので、苦もなく南大門に到着します。(帰りはバスを使いました。)

お土産物屋さんもまだ開いてないので、とても静かです。人もまばらで、特に修学旅行などの団体が行動を起こす前というのが、良かったです。

境内はとても広いです。スニーカーを履いてください。

拝観料は少し高めですけど、国宝館も是非見てください。
自分の時は、法華堂の日光月光菩薩さまが展示されてました。とても大好きな仏像なので、見られて良かったです。本当は、法華堂で見たかったですが…。

まぁ不空牽索観音の脇侍では?なので、まぁ宝物館でもいいのかな?

久しぶりに見る大仏はやっぱり大迫力です。子供の頃に修学旅行で見たときはただただ大きさに圧倒されましたが、今見ると聖武天皇の権威の力の強さを感じます。仏教で国家の統一を目指すには、このような大仏は必須だったのですね。
いろいろな災害にあっても、必ず再構築される大仏は、権力の象徴でもあり、また信仰の中心でもあるんだなぁ、と実感しました。

そういえば、マグマ大使の中でも、東大寺が襲われて、大仏が野ざらしになる場面があったのを思い出しました。
なんと罰当たりなことか。

ここでは運慶快慶作の大迫力の仁王像からゆっくり見て回ってください。宝物館はmustですが、開館時間が9時半と少し時間があるので、開館まで法華堂、手向山神社、奈良公園等ゆっくり廻りましょう。

早朝は人が少ないので、写真も取り放題ですよ。

因みに宝物館開館時には、あちらこちらに修学旅行生があふれてました。

東大寺の庭園

大仏殿遠景

東大寺の山門・神門

中門越しに見る大仏殿

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