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すがわらてんまんぐう

菅原天満宮(菅原神社)

奈良県 尼ケ辻駅

投稿する
0742-45-3576

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

あり

ご利益

菅原天満宮(菅原神社)について

日本最古の天満宮


日本全国で学業の神様として崇敬されている天神さん。その中でもこの菅原天満宮は菅原道真公の一族がもともと住んでいた地の氏神さんであり、総本宮の北野天満宮が創建されるより前から鎮座していることから「日本最古の天満宮」と言われています。
また、菅原家はもともと土師氏を名乗っており、平安京に遷都したときに天皇に付き従って京都に移り、故郷であるこの''菅原''を新たな名字にしたことから「菅家発祥の地」とも呼ばれています。

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garu
2017年08月30日(水)
614投稿

菅原道真が何処で生まれたかの話はあちこちにあり、ここでもその話があります。
生まれたか否かは別として、実はここは菅原を祀る神社としては最古となります。
菅原氏の前身、土師氏によって建てられた神社ですのでとても古いです。
丁度梅の季節に行きましたので盆梅展が催されていて130品種200鉢と言う梅を見てきました。
ここが古いという証拠のように思えるゆるキャラっぽい牛の像があちこちにあってなかなか楽しめました。

こっからは歴史(笑)

ここは元は土師氏(古墳祭祀・埴輪提案者で製作者)の所領でした。
結構この古代豪族は力があったようであちこちに所領地を持っています。
恐らく、古墳に関わり合いがあるので点在しているのかもしれません。
現にここの近くには「尼ヶ辻駅」からも見える垂仁天皇陵がありますし、菅原東遺跡埴輪窯跡群が傍にあります。
ここの地名は菅原町と言いますが道真ゆかりだからと言うのではなく、この辺一帯にスゲと呼ばれる草が自生していた事からスゲ原と言われ菅原と漢字で書かれました。
土師氏は後に菅原姓を名乗りますが(ほかにも分枝しているので別名もある)この土地の名前を使ったのかもしれません。
ですので土地名が先です。
近くにある喜光寺は別名「菅原寺」と呼ばれ、「霊亀元年(西暦七一五年)行基菩薩の創建にて菅原家の代寺でもある。同寺の東南院にて行基菩薩が入寂された。聖武天皇の行幸された時、阿弥陀仏が光を放ったとされ、以来喜光寺の号を賜ったと伝えられる。また今の金堂は大仏殿のひながたといわれる」と説明されています。

菅原天満宮(菅原神社)の鳥居菅原天満宮(菅原神社)の自然菅原天満宮(菅原神社)の山門菅原天満宮(菅原神社)の周辺

菅原天満宮遺跡天神堀 「この池は菅原院の一部にして、相伝菅伸の遺跡であり、古くから菅原道真公の産湯の池と伝えられております。島の中にある碑には、星霜年を経て古くなり、神の盛なるを託し、その先祖を敬うことにより徳を載き、荒れた岸に石垣を摘もうとしたところ、その趣旨は四方に伝わり瞬く間に完成した。神徳は、月日が下界を照らす様なもので敬わない人はいないだ ろう。神をたたえ、この碑を立て記念とする」

菅原天満宮(菅原神社)の建物その他

菅原東遺跡埴輪窯跡群 埴輪を焼いた窯跡

菅原天満宮(菅原神社)の建物その他菅原天満宮(菅原神社)の芸術

屋根にもいっぱい梅~

菅原天満宮(菅原神社)の狛犬

ゆるキャラっぽい牛(笑)

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歴史

 当社は、菅原家一系三神を祀る延喜式内社の日本最古の天満宮です。天穂日命は菅原家の始祖とされ、天下泰平、国土安泰、五穀豊穣の守護神です。その子孫で中興の祖である野見宿禰命は菅原の地を本官とし、その豊かな赤土と松樹を活用して土師器や埴輪の製作に従事していました。垂仁天皇の皇后(日葉酢媛命)が崩御された時、当時悪習であった殉死を取り止め、替わりに埴輪を埋めるべく建言した功績により、垂仁天皇より土師臣の姓を賜りました。土師氏はここを本拠地とし各地に勢力伸展しました(発掘調査で、埴輪を焼いた窯跡が発見され、平成12年3月奈良市指定文化財「菅原はにわ窯跡公園」として指定されました。阪奈道路沿い神社より東へ400m)。また、当麻蹶速と力競べをし、これに勝ち角力の始祖としても知られています。
 その後、土師家は大喪の事を掌っていましたが、その子孫の土師古人他が天応元年(781)に、この土地の名「菅原」に改姓を願い出、勅許されました。以後、三代後に菅原道真公の出生となります。
 菅原道真公は野見宿禰命第17世の子孫です。参議従三位是善の第三子で、生来聡明にして文学に長じ、貞観年中には文章得業生となり累進して文章博士となります。宇多天皇の寵愛を得て遂に参議に任ぜられ、民部大輔左大弁勘解由長官となりました。その後遣唐使を拝命し、醍醐天皇の昌泰2年(899)に右大臣に重用されました。その後、故あって太宰府に転じましたが、これを機にいよいよ詩歌の道にいそしみ、文筆に励み広く学芸の神と仰がれるにいたりました。とくに晩年は、類従国史二百巻を編さんし多くの史書や詩歌の書を筆わし、その博学ぶりを発揮しました。
 道真公の没後は全国各地に道真公を祀る神社が設立され、世に道真公を天満大自在天神と崇め奉るにいたりました。
 その中にあって、菅原家発祥及び生誕の地である当菅原天満宮と、終焉の地である太宰府天満宮及び京都の北野天満宮は最も重要な神社とされています。こうしたゆかりを以って世の人々は、道真公の神徳にあやかり、試験合格・学徳向上の祈願は言うまでもなく、文筆にいそしむ人々の信仰は殊に厚いです。当菅原天満宮境内には立派な筆塚が建立されています。

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菅原天満宮(菅原神社)の基本情報

住所奈良県奈良市菅原町東1-15-1
行き方

近鉄橿原線「尼ヶ辻駅」下車 北へ徒歩10分
近鉄奈良線「大和西大寺駅」下車 南へ徒歩15分

アクセスを詳しく見る
名称菅原天満宮(菅原神社)
読み方すがわらてんまんぐう
参拝時間

授与所/9:00~16:00

参拝にかかる時間

約20分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0742-45-3576
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.sugawaratenmangu.com/
絵馬あり

詳細情報

ご祭神天穂日命
野見宿祢命
菅原道真公
本殿三間社流造
ご由緒

 当社は、菅原家一系三神を祀る延喜式内社の日本最古の天満宮です。天穂日命は菅原家の始祖とされ、天下泰平、国土安泰、五穀豊穣の守護神です。その子孫で中興の祖である野見宿禰命は菅原の地を本官とし、その豊かな赤土と松樹を活用して土師器や埴輪の製作に従事していました。垂仁天皇の皇后(日葉酢媛命)が崩御された時、当時悪習であった殉死を取り止め、替わりに埴輪を埋めるべく建言した功績により、垂仁天皇より土師臣の姓を賜りました。土師氏はここを本拠地とし各地に勢力伸展しました(発掘調査で、埴輪を焼いた窯跡が発見され、平成12年3月奈良市指定文化財「菅原はにわ窯跡公園」として指定されました。阪奈道路沿い神社より東へ400m)。また、当麻蹶速と力競べをし、これに勝ち角力の始祖としても知られています。
 その後、土師家は大喪の事を掌っていましたが、その子孫の土師古人他が天応元年(781)に、この土地の名「菅原」に改姓を願い出、勅許されました。以後、三代後に菅原道真公の出生となります。
 菅原道真公は野見宿禰命第17世の子孫です。参議従三位是善の第三子で、生来聡明にして文学に長じ、貞観年中には文章得業生となり累進して文章博士となります。宇多天皇の寵愛を得て遂に参議に任ぜられ、民部大輔左大弁勘解由長官となりました。その後遣唐使を拝命し、醍醐天皇の昌泰2年(899)に右大臣に重用されました。その後、故あって太宰府に転じましたが、これを機にいよいよ詩歌の道にいそしみ、文筆に励み広く学芸の神と仰がれるにいたりました。とくに晩年は、類従国史二百巻を編さんし多くの史書や詩歌の書を筆わし、その博学ぶりを発揮しました。
 道真公の没後は全国各地に道真公を祀る神社が設立され、世に道真公を天満大自在天神と崇め奉るにいたりました。
 その中にあって、菅原家発祥及び生誕の地である当菅原天満宮と、終焉の地である太宰府天満宮及び京都の北野天満宮は最も重要な神社とされています。こうしたゆかりを以って世の人々は、道真公の神徳にあやかり、試験合格・学徳向上の祈願は言うまでもなく、文筆にいそしむ人々の信仰は殊に厚いです。当菅原天満宮境内には立派な筆塚が建立されています。

体験祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭り花の名所伝説

Wikipediaからの引用

概要
菅原天満宮(すがわらてんまんぐう)は、奈良県奈良市菅原町(すがはらちょう)にある神社。式内社で、旧社格は郷社。「菅原神社(すがわらじんじゃ/すがはらじんじゃ)」とも。日本最古の天満宮という。古代氏族の土師氏・菅原氏に関係する神社として知られる。
歴史
歴史[編集] 創建は不詳。前述の通り、菅原の地を本貫(本拠地)とする土師氏支族(のちの菅原氏)が、その祖神を祀ったことに始まると推測される[1]。その後、南西に菅原寺(喜光寺)が創建されるとその鎮守社とされ、菅原神社とも喜光寺天満宮とも呼ばれるようになった。 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では大和国添下郡に「菅原神社」と記載され、式内社に列している[1]。 社伝では、文亀年間(1501年 - 1504年)に社殿が兵火にかかったほか、元禄年間(1688年 - 1704年)にも火災にあっている。寛保年間(1741年 - 1744年)に興福寺一乗院宮真敬法親王の命によって再建がなっ...Wikipediaで続きを読む
行事
祭事[編集] 菅原天満宮で年間に行われる祭事は次の通り[1]。 月例祭 (毎月25日) 祈年祭(おんだ祭) (2月25日) 奈良筆まつり (3月春分日) 御誕生祭、鷽替えの神事 (6月25日) 例祭 (10月体育の日前日) 新嘗祭 (11月25日) ^ 引用エラー: 無効な タグです。「由緒書」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
引用元情報菅原天満宮 (奈良市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E8%8F%85%E5%8E%9F%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE%20%28%E5%A5%88%E8%89%AF%E5%B8%82%29&oldid=90267270

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