ぜんこうじ|無宗派(単立)|定額山
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善光寺様ご開帳に母と2人でお参りに行って来ました、別所温泉から上田そして長野へ
私自身弊社に入社して20年勤続、入社1年半後に長野県の事業所に転勤した事があります、
元々の採用は契約社員でした、長野県の事業所へ出向でご縁があり正社員になれました、役職も頂きました。転勤が私を成長させていただいたと思っています、御礼参りを兼ねて、母にもいつも支えて頂いたから今の自分が居ると思う、お参りの日は14時に長野駅に着いて向かいました、ホトカミの皆様からの投稿は朝一や日中のお参りが投稿して、私は夜のライトアップを投稿したいと思い、まず宿坊様善光寺大本願様などの御朱印受付に回っていました、めっちゃ凄い人人人だらけで、身動きするのもままない状況でした、本堂の回向柱に並んだのも15時半頃ですが、めっちゃたくさんの人、6列で並んでなかなか進まない、やっと回向柱の側に、山門をくぐった辺りから雲行きが悪くなり今にでも雨が降り出し☔️そう たくさんの龍神雲様が一眼レフには写せたもの、やっと回向柱の直前でゲリラ豪雨雷 すぐさま売店に避難して傘が買えて待つ事に、雷⚡️ならすぐ大丈夫かなと、母は1人で本堂にお参りして来たらと、雨で足元悪く人もたくさんいるから私は待つよ、でも善光寺様に来れただけで私は心願成就です、いつもなら本堂へと思う私、何故かその時は龍神様から気づきと奇跡があったのです、少し弱くなって来たので、下に下がりすぐさまバス🚌🚍がツイてる、良かった。帰ってから2日後に母のスニーカーの👟少し踵が取れていました、何事も無く無事にお参りが出来て幸せです。龍🐉🐲神様は母のスニーカー👟が分かっていたのかもしれませんが。母から回向柱を納めた後御礼参りに連れてと、とてもステキなご縁を頂きました。仏恩感謝 仏力 仏縁感謝致します。


【平成4年 善光寺前立本尊御開帳(6/29まで)】
七年に一度の盛儀 <善光寺御開帳>
善光寺の本尊「一光三尊阿弥陀如来」は、一つの光背の中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶ、善光寺独特の姿をしている。白雉5年(654年)以来の絶対秘仏であり、鎌倉時代に本尊の身代りとして「前立本尊」が造られた。普段は善光寺大勧進の御宝庫に安置されているが、七年に一度の御開帳の時だけ大勧進の御宝庫から本堂に遷され拝観できる。
前立本尊中央の阿弥陀如来の右手に結ばれた金糸は五色の糸に変わり、白い「善の綱」として本堂前の回向柱に結ばれる。回向柱に触れることは、前立本尊に触れるのと同じとされ、ご縁が生まれ功徳を受けられるとされている。
【信濃國 古刹巡り】
善光寺(ぜんこうじ)は、長野県長野市元善町にある無宗派の単立仏教寺院。山号は定額山。本尊は一光三尊阿弥陀如来。本堂は国宝。山門、経蔵、金銅阿弥陀如来及び両脇侍立像(前立本尊)等は国指定の重要文化財。なお、当寺は天台宗の大勧進と浄土宗の大本願のそれぞれから住職を出し、共同で運営している。
寺伝(『善光寺縁起』)によると、飛鳥時代に信濃国国司の従者として京に上った本田善光が、難波の堀江にて打ち捨てられた尊像を信濃国伊那郡(現・長野県飯田市)に持ち帰って自宅に祀ったのが始まり。のち642年に現在地に遷座、644年に勅願により伽藍が造営され「善光寺」と命名された。なお、この本尊はインドから朝鮮百済国を経て、欽明天皇13年(552年)に日本に伝わった日本最古の仏像とされ、当時の崇仏廃仏論争の中で廃仏派の物部氏により打ち捨てられていたとされる。
平安時代末期の1179年の大火災で荒廃したが、1187年に源頼朝が信濃国守護兼目代の比企能員を通じて信濃国の御家人に当寺の再建を命じ、再建後1197年には頼朝自ら当寺に参詣している。その後も鎌倉幕府、北条氏から保護された。
戦国時代には善光寺平で川中島の戦いが起こり兵火を被り荒廃した。善光寺如来は武田信玄が事前に武田氏居館のある甲府に遷されたが、織田信長による甲州征伐で武田氏が滅亡すると、織田氏、徳川氏の手を経て豊臣秀吉が京都・方広寺に祀った。のち1598年秀吉の死の直前、秀吉の夢枕にお告げがあり四十数年ぶりに当寺に返還された。江戸時代になると、徳川家康から寺領千石の寄進を受け復興し、泰平の世になると伊勢参りと合わせて善光寺参りが流行した。
当社は、JR北陸新幹線・信越本線・長野駅の北方2kmの平地、市街地にある。長野駅から真北に伸びる旧北国街道は非常に緩やかな上り坂になっていてその突き当り、頂にある。境内は59,000㎡と東京ドームより一回り大きく、本堂(国宝で3番目に大きい建造物)を中心に、経蔵、鐘楼、仁王門のほか、住職を輩出する天台宗の「大勧進」、浄土宗の「大本願」の建物群、日本忠霊殿(善光寺史料館)などが立ち並ぶ。東庭園など緑地もある。境内南側には広大な門前町が広がり、飲食店、土産物店のほか、多くの宿坊・旅館が立ち並ぶ。境内敷地全てを見て廻るには空いている時期でも半日は必要か。門前町含め、ゆっくり見て廻るには1泊2日がちょうど良さそう。
今回は、「令和4年善光寺前立本尊御開帳」が開催されていることから参拝することに。参拝時は最も空いているという平日の午前中であったが、3カ月の御開帳期間であるためそれなりに混雑していた(午後からはさらに混雑し、翌日は非常に混雑していた)。当日の主要箇所での待ち時間は、前立本尊参拝・戒壇巡りで45分、回向柱、仁王門、経堂は待ち時間なし、ご朱印拝受で30分ぐらい。(休日だと、すべての箇所で時間単位で待つみたい)。
※今回は、御開帳期間中につき境内が混雑しているため、主要箇所のみ参観した。
※御開帳期間中は、拝受可能な御朱印は特別バージョンとして御開帳記念の印が押されている。ただし、平時であれば拝受可能な一部の御朱印は領布を中止している。
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