おおさきはちまんぐう
大崎八幡宮のお参りの記録一覧(2ページ目)
御岳三吉社から車で数分で、大崎八幡宮の北側駐車場に到着しました。
社名の頭に国寶とつけるだけあって、国宝の本殿のほかにも、国/県の文化財指定された建物が多くあり、社叢と相まって荘厳な雰囲気を醸し出しておりました。鳥居は、国道沿いに新しい鳥居が建立されたことで、県の文化財指定にもなっている鳥居が二之鳥居となったようで、賛否それぞれあるかと思いますが、歴史は動いていくものだと認識できました。
御朱印は、摂社四社とセットでの拝受となってしまうということで、合わせて拝受させていただきました。
鳥居(二の鳥居)
長床
狛犬
境内
ご神木(夫婦杉)
境内案内板
御朱印(大崎八幡宮)
御朱印(大元社)
御朱印(諏訪社)
御朱印(鹿島社)
御朱印(北辰社)
宮城県仙台市にある神社です。
仙台六芒星の一つであり、仙台を代表する神社のひとつです。伊達政宗公により仙台総鎮守として創健されました。
大崎八幡宮では本殿並びに境内社の五社の御朱印があります。初穂料は五社合わせてお気持ちです。御朱印は書き置きでした。
毎年、在仙のプロチームの多くが必勝祈願で訪れます。奉納絵馬も飾られています。
大崎八幡宮には一の鳥居から三の鳥居まで百段以上の階段がありますが、大崎八幡宮には北参道鳥居に直結する専用駐車場があり、無料で利用できます。車だったので北参道鳥居から参拝。境内にはちょっとした休憩所があり自販機や甘酒(ノンアル)を販売してました。暑かったので甘酒を飲んで涼みました。
北参道鳥居
北参道
拝殿
石段を上から望む
三の鳥居
案内図
仙台神社巡り③ 自転車用のナビが無いので徒歩で検索しての使用していいたので、裏道を通りながら三の鳥居に到着。一の鳥居まで戻ることにして参拝。参拝者も多く、通りすがりの高校生だろうか?元気よく「おはようございます!」と挨拶をしてくれる。朝から気持ちはよい。社殿は黒を基調としていて格好良く自分の好みでした。御朱印は末社を含めた5社セット書置きになっていて本社のみでは戴けないのが残念でした。初穂料はお気持ちということでしたが、5社となると余り少なくてはと躊躇してしまう。
国道48号線に面した一の鳥居 畳4畳分のサイズの扁額、八の文字が鳩になっています
灯籠
二の鳥居 鳥居先の石段は県指定有形文化財、寛文八年(1668)、四代藩主伊達綱村の寄進
狛犬
嘉永三年(1850)奉納の灯籠
三の鳥居
参道
灯籠
手水舎
祓所
茅の輪
沼田豊前正藤原茂密石像
境内社鳥居
境内社 金刀比羅社
狛犬
遥拝所
長床(重要文化財)寛文年間(1661~1672)頃の建造、宮城県内最古の長床
東北楽天イーグルスの必勝祈願絵馬
拝殿(国宝)慶長十二年(1607)建立
本殿(国宝)慶長十二年(1607)建立
神輿庫
境内案内図
由緒書
北参道
奉納酒樽
境内社 大元社
境内社 諏訪社
境内社 鹿島社
境内社 北辰社
境内社 龍神社
境内社 稲荷社
宮城県仙台市に鎮座する、国宝、大崎八幡宮、威厳在る風格、最高の雰囲気の神社で、仙台城を起点に城下を六芒星の形に取り巻くパワースポット、仙台六芒星の神社の一つ、由緒書きによれば、平安の昔、東夷征伐に際して坂上田村麻呂は、武運長久を祈念すべく武門の守護神である宇佐八幡宮を現在の岩手県水沢市に勧請、鎮守府八幡宮を創祀しました。その後、室町時代に奥州管領大崎氏はこれを自領内の現遠田郡田尻町に遷祀し守護神として篤く崇敬した為、世に大崎八幡宮と呼ばれたとあり何をお祀りしてるの?何の御利益有るの?と思う方が私を含めて多数だと思いますので調べによると、仙台総鎮守として藩祖伊達政宗公はじめ歴代仙台藩侯はもとより、仙台城下の人々に至るまで厄除け・除災招福や必勝・安産の神として篤く尊崇されてまいりました。 又、仙台における「卦体神」という十二支の神を信仰する習俗においては乾(戌亥)の守護神とされ、戌歳・亥歳生まれの人々からは格別の崇敬を受けてるそう、神社はとても風格あり存在感が素晴らしい神社でした。パワースポット、歴史的建造物、癒し場所、景観撮影、仙台市観光、御朱印集め等好きな方には是非訪れて損は無いです、
宮城県仙台市青葉区八幡に鎮座する神社で、社殿(本殿・石の間・拝殿)は国宝に指定されており、どんと祭の裸参りで知られる。
創建年代は不明であるが、社伝では坂上田村麻呂が宇佐神宮を鎮守府胆沢城(現岩手県奥州市水沢)に勧請し鎮守府八幡宮と称したことに始まり、室町時代に入り奥州管領であった大崎氏が自領地内(現宮城県大崎市田尻町)に遷したため、大崎八幡宮と呼ばれるようになったという。
慶長12年(1607)、従来伊達氏が祀ってきた成島八幡宮と合祀して遷座し、仙台城下の乾(戌亥・北西)天門の鎮めとした。
庶民から「八幡堂」とも呼ばれていたが、古来より社名は「大崎八幡宮」だった。
明治4年(1871)の太政官布告によって近代社格制度が制定されたのを機に、「大崎八幡神社」に改称されたが、鎮座400年の記念大祭を10年後に控えた平成9年(1997)、「大崎八幡宮」の名称に復した。
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