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くらまでら|鞍馬弘教鞍馬山

鞍馬寺のお参りの記録一覧
京都府 鞍馬駅

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garu
garu
2017年09月16日(土)615投稿

書くことが多すぎて源義経関連の鞍馬寺の感想を(笑)
今回は鞍馬駅側から行きました。
「健脚コース」と「ケーブルコース」があるのですが、膝が悪いと登るのはまだましなのですが坂道を下りるのが辛い。
なので行きは九十九折参道を登っていきました。
帰りは当然レトロなケーブルを利用(笑)

で、こんなところで修業してたら健脚にもなるわなと(笑)
修験道のお山よりはるかに楽なお山ですが道を外れるとけっこうな起伏が・・・。
木の根っこが飛び出しているのでもしかして相当このお山は固いのかも。岩みたいな地面なんでしょうね。大きな岩だったらそれはそれで面白い予想が立ちますが(笑)なにせ天から魔王が降りてきたお山ですからね(笑)

で、こっからは義経の事。
「判官贔屓」の言葉は義経の事を指して言われるようになったように、室町時代末期には義経の功績を讃えてこのように表現されました。

がです(笑)
結構酷い奴でして(笑)鬼一法眼から秘伝書を女性をたぶらかせて盗むとか? 平安時代の流儀無視してぶった切るとか? とにかく破天荒だった彼は周囲を翻弄させて戦いに勝って行きました。
それを恐れたのは頼朝ではなく北条政子だったそうで、進言して義経討伐まで持って行ったという事です。

さっき娘と話していたんですが「生まれた時期が間違っていたんだろうね」と。
戦国時代に生まれてたら凄い武将となってたろうと。
「もし生まれ変わっていたとしたら誰だと思う?」と聞くものですから、
「伊達政宗だったら無念だったろうね」と。
「やめたげてー!」と娘が叫んでましたよ(笑)政宗は「生まれた時が遅かった」と言われていた人物ですからね(笑)

いずれにせよ、若さゆえ一途な性格だったんでしょう。ある意味純粋だったのかもしれません。源氏再興に本気で兄を助けようとしていたに違いないのです。追われた時はさぞや悔しかったんだろうなって思います。

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Tilia
Tilia
2022年12月21日(水)482投稿

一番好きな御朱印かもしれません
朱と墨のバランスが素晴らしくてずっと見ていられます

鞍馬寺の御朱印

印-新西国第十九番 大聖毘沙門天王千手観世音菩薩護法魔王大僧正 雍州路鞍馬寺
墨-尊天 鞍馬寺

鞍馬寺(京都府)

寺名印の雍州,Wikipediaでは
雍州が長安の所在地であることより、日本の京師である山城国の雅称に転用
とあるのですが,中国の歴史の本を読んでる身としては,なんだか違和感を感じました…
という訳で江戸時代に書かれた地誌,雍州府志の原文を読んでみました
そしたら作者の黒川道祐も巻第一凡例で
(訳が間違ってたら本当にごめんなさい🙏)
>中国の都で(西の)長安は雍州にあって,(東の)洛陽は予州だよね?
>桓武帝が西京(=長岡京?)と東京(=洛陽,今の京都)の2つ都を作ったけどなんで無くなった西京の雍州使ってるの?残ってるのは東京だから予州でない?でも,昔から雍州って言ってるからそのまま雍州を使います
昔の人も違和感感じてたんですねw

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