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今熊野観音寺ではいただけません
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いまくまのかんのんじ|真言宗泉涌寺派総本山泉涌寺塔頭新那智山

今熊野観音寺
京都府 東福寺駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

巡礼

その他の巡礼の情報

西国三十三箇所第十五番札所
神仏霊場巡礼の道百十二番(京都四十二番)霊場
ぼけ封じ・近畿十楽観音霊場第一番札所
洛陽三十三所観音霊場第十九番札所
泉山七福神・えびす神

今熊野観音寺について

西国三十三所観音霊場15番札所


熊野権現示現の伝説の聖地
「頭の観音さん」として広く人々の信仰を集めている。

清少納言生誕地の傍


自分が生まれ育った観音寺近くの父の邸宅のほとりに住まいて、寵愛を受けた定子皇后の御陵に詣でつつ晩年を過ごしたという伝説がある。

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歴史

弘仁年間(825年頃)に弘法大師が熊野権現の化身から観音霊地の霊示を受け、嵯峨天皇の勅願により観音像を刻んで本尊とし草堂に安置したのが当寺の創始といわれている。
後白河法皇は本尊を深く信仰し、霊験により持病の頭痛が平癒したので、本寺に「新那智山・今熊野」の名称を与えられ、以来、頭痛、中風、厄除けの観音として繁栄してきたという。文暦元年(1234年)に後白河上皇を当寺に葬るなど、歴代朝廷の崇敬をあつめている。

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今熊野観音寺の基本情報

住所京都府京都市東山区泉涌寺山内町32
行き方

市バスを利用される方へ
市バス202、207、208号系統が利用できます。泉涌寺道下車、徒歩約10分。
いずれも循環バスです。運行方向にご注意ください。行き先に「泉涌寺」もしくは「東福寺」とあるバスにご乗車ください。
JR電車でお越しの場合
京都駅から、タクシーで約5分
京都駅(烏丸口)から、市バス208号系統にて泉涌寺道下車、徒歩約10分
東福寺駅(奈良線)から徒歩15分
京阪電車でお越しの場合
七条駅から市バス208号系統にて泉涌寺道下車、徒歩約10分
祇園四条駅から市バス207号系

アクセスを詳しく見る
名称今熊野観音寺
読み方いまくまのかんのんじ
参拝時間

8:00~17:00

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号075-561-5511
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.kannon.jp/index.html
絵馬あり

詳細情報

ご本尊十一面観世音菩薩
山号新那智山
宗旨・宗派真言宗泉涌寺派総本山泉涌寺塔頭
創建時代弘仁年間(825年頃)
開山・開基弘法大師空海
札所など

西国三十三箇所第十五番札所
神仏霊場巡礼の道百十二番(京都四十二番)霊場
ぼけ封じ・近畿十楽観音霊場第一番札所
洛陽三十三所観音霊場第十九番札所
泉山七福神・えびす神

ご由緒

弘仁年間(825年頃)に弘法大師が熊野権現の化身から観音霊地の霊示を受け、嵯峨天皇の勅願により観音像を刻んで本尊とし草堂に安置したのが当寺の創始といわれている。
後白河法皇は本尊を深く信仰し、霊験により持病の頭痛が平癒したので、本寺に「新那智山・今熊野」の名称を与えられ、以来、頭痛、中風、厄除けの観音として繁栄してきたという。文暦元年(1234年)に後白河上皇を当寺に葬るなど、歴代朝廷の崇敬をあつめている。

体験御朱印札所・七福神巡り伝説

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