くろだに こんかいこうみょうじ|浄土宗|紫雲山
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楽しみ方くろ谷 金戒光明寺のお参りの記録一覧
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十五歳で比叡山に登られた上人が承安5年(1175年)四十三歳の時お念仏の教えを広めるために、山頂の石の上でお念仏をされた時、紫雲全山にみなぎり光明があたりを照らしたことからこの地に草庵をむすばれた。法然上人がはじめて草庵を営まれた地である。
浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り、草庵を結ばれたのが浄土宗最初の寺院 のはじまり。
西山連峰、黒谷の西2キロの京都御所、西10キロの小倉山を眺み山門、阿弥陀堂、本堂 など18もの塔頭寺院が建ち並ぶ。
また、幕末京都守護職会津藩一千名の本陣にもなった。 〜公式サイトより抜粋〜
とにかく境内は広く、知恩院同様で、山門の立派さ、迫力満点なスケールに圧倒されます。
御朱印は、御影堂の右端が入口です。偶然でしようか?読経中であり、躊躇しながら入りましたが、問題ありませんでした😌
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くろ谷(金戒光明寺)さんはコロナ禍前にも参拝したことがあります。
もっとも、幕末に京都守護職(会津藩主 松平容保)の本陣だったことしか知りません😅
なので今更ではありますが…💦💦
浄土宗最初の寺院で、開山は宗祖である法然上人(源空)、山号は紫雲山、御本尊は阿弥陀如来さんです。
今回は特別日中拝観の内、御影堂と大方丈と庭園を拝観することにしました(令和6年11月15日〜12月8日)。
また御朱印と御朱印帳もいただきました!
既に五種類ともご記帳されてて✨😲✨
あとは日付を入れてくださいました。
今回の特別日中拝観では、山門を断念したので(三重塔へ向かう階段を登るだけで体力が限界💧)。
次の機会があったら、また参拝しようと思います。
(他の参拝客が写ってるので、投稿する写真は限定的ですm(_ _)m)
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特別日中拝観(11月15日~12月8日)
御影堂・大方丈・庭園 1,000円
山門 1,000円
セットで1,600円
通常非公開の「虎の襖絵」
伊藤若冲筆「群鶏図押絵貼屏
風」
庭の石畳に埋め込まれた小石の模様の中にカメさんも
紅葉は今ひとつ
山門の上に昇る階段が急
上では、景色の写真撮影もNG
あべのハルカスがかすかに確認できた
ガイドのおじさまに、この山門はいつ出来たか訊くと、松平容保が京都守護職に就任する2年前の1860年とのこと
容保を迎え入れるために準備されたのでは?と話してくれた
石段を上った先の文殊
「日本三文殊」とあったが、3つじゃない?
・安倍文殊院(奈良県桜井市)
↑本尊は「三人寄れば文殊の智恵」でも有名な文殊菩薩
・切戸文殊(京都府宮津市)
智恩寺 「智恵の文殊」とも
・亀岡文殊(山形県高畠町)
大聖寺
または
・中山文殊、それが金戒光明寺
↓時間があるときにじっくり読みたい
https://kyoto-stories.com/1_11_konkaikomyoji/
↓参考にしたサイト
https://allabout.co.jp/gm/gc/476954/

【紫雲山(しうんざん)金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)】
本尊:阿弥陀如来
宗派:浄土宗
開山:法然
金戒光明寺は、京都市左京区黒谷町に位置します。1175(承安5)年、法然上人が比叡山の黒谷を下り、はじめて草庵を結ばれたのがはじまりとされます。
金戒光明寺は、徳川初期に、同じ浄土宗の知恩院とともに、城郭構造に改めていました。幕末の京都守護職を務めた会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)は、この寺に本陣を構え、守護職御預かりとして新選組をその支配下に置き、治安の維持に当たらせました。新選組誕生の地。
永観堂から金戒光明寺へ。金戒光明寺には、南門から入りました。ここまでくると人はまばらとなりました。次の真如堂へ向かうため御影堂の横を通ったとき、声がするので振り返ると、ネコがいらっしゃいました。慣れているようで、近くまで来てポーズをとってくれました。
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