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くろだに こんかいこうみょうじ|浄土宗紫雲山

くろ谷 金戒光明寺の御由緒・歴史
公式京都府 蹴上駅

ご本尊阿弥陀如来
創建時代承安五年(1175)
開山・開基法然上人
ご由緒

浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り、草庵を結ばれたのが浄土宗最初の寺院 のはじまり。
西山連峰、黒谷の西2キロの京都御所、西10キロの小倉山を眺み山門、阿弥陀堂、本堂 など18もの塔頭寺院が建ち並ぶ。
また、幕末京都守護職会津藩一千名の本陣にもなった。

歴史
歴史[編集] 承安5年(1175年)春、浄土宗の開宗を決めた法然が比叡山の黒谷を下った。岡を歩くと、大きな石があり、法然はそこに腰掛けた。すると、その石から紫の雲が立ち上り、大空を覆い、西の空には、金色の光が放たれた。そこで法然はうたたねをすると夢の中で紫雲がたなびき、下半身がまるで仏のように金色に輝く善導が表れ、対面を果たした(二祖対面)。これにより、法然はますます浄土宗開宗の意思を強固にした。 「紫雲石」も参照 こうして法然はこの地に草庵を結んだ。これがこの寺の始まりであるとされる。ここは白河の禅房と呼ばれ、もとは比叡山黒谷の所領で、叡空入滅の時、黒谷の本房と岡崎白河の禅房(本房)...Wikipediaで続きを読む
引用元情報金戒光明寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%87%91%E6%88%92%E5%85%89%E6%98%8E%E5%AF%BA&oldid=97656474

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