御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
ネコ大バナー※北向虫八幡宮ではいただけません
御朱印について
御朱印
なし
パーキング
駐車場
あり

田中神社の駐車場

歴史

平安時代中期第62代村上天皇・第二皇子憲平(のりひら)親王(後の第63代冷泉天皇・950年~1011年)が幼いころ、疳の虫が激しかったので、母藤原安子が当社八幡宮に祈願したところ平癒した。
 当社が北を向いているのは安子の父公卿(右大臣)藤原師輔(もろすけ)が御所を守護するようにと北の御所の方に向けて新造した。
 当社は明治5(1872)年、平安時代以来浪華より平安に通ずる要所として、物資の集散地、水上の交通の拠点舟運の要として発展してきた草津湊(現在の田中神社御旅所付近)に祀られていたが、現在地に遷座した。
 田中神社御旅所は平安京・大内裏の真南にあり、千本通りは、平安京から南北に続く朱雀大路の延長上の道であり、北向は平安京の大内裏の方角を向いていることから、北向虫八幡宮は大内裏を守護してきた神社であったことがわかる。

歴史をもっと見る|
1

北向虫八幡宮の基本情報

住所京都府京都市伏見区横大路天王後38
行き方

市バス 横大路から1分

アクセスを詳しく見る
名称北向虫八幡宮
読み方きたむきむしはちまんぐう
参拝料

なし

詳細情報

ご祭神《主》応神天皇
ご由緒

平安時代中期第62代村上天皇・第二皇子憲平(のりひら)親王(後の第63代冷泉天皇・950年~1011年)が幼いころ、疳の虫が激しかったので、母藤原安子が当社八幡宮に祈願したところ平癒した。
 当社が北を向いているのは安子の父公卿(右大臣)藤原師輔(もろすけ)が御所を守護するようにと北の御所の方に向けて新造した。
 当社は明治5(1872)年、平安時代以来浪華より平安に通ずる要所として、物資の集散地、水上の交通の拠点舟運の要として発展してきた草津湊(現在の田中神社御旅所付近)に祀られていたが、現在地に遷座した。
 田中神社御旅所は平安京・大内裏の真南にあり、千本通りは、平安京から南北に続く朱雀大路の延長上の道であり、北向は平安京の大内裏の方角を向いていることから、北向虫八幡宮は大内裏を守護してきた神社であったことがわかる。

この神社の神主様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の神社の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

行きたい
投稿する
お問い合わせ
めめ小バナー