ふしみいなりたいしゃ おくしゃほうはいしょ
伏見稲荷大社 奥社奉拝所のお参りの記録一覧
伏見稲荷大社の奥社奉拝所へ。
こちらにある売店でアイスと水を購入してひと息つきました。
おもかる石の前には行列が出来ていて少し並びましたが、それもまた楽しいと言うか(笑)
結果は…持ち上がったけれど重かったです( ̄▽ ̄;)
奥社奉拝所の書置き御朱印。(白狐絵馬と千本鳥居)
奥社奉拝所の特別御朱印。
千本鳥居を抜けた先に奥之院がある。その先は稲荷山登山となる。
所々に塚が設けられ様々な神々が祀られている。
奥之院
奥之院
おもかる石
根上りの松
熊鷹社
熊鷹社
熊鷹社
熊鷹社
熊鷹社
三徳社
三徳社
三徳社
京都神社巡り2日目②−1伏見稲荷大社と別に投稿があったので私も子らに別建てで投稿いたします。この地は命婦谷(みょうぶたに)と呼称される場所です。雨足がますます強くなる中、傘を差しながらの写真撮影は難しい!ここまでは差程きつくは有りません。途中沢山の境内社があるので、スタートしてから1時間もかかっています。授与所にて書き置きの御朱印を戴いて、更に上に向かいます。
千本鳥居 ここから始まります。このような千本鳥居の形になったのは江戸時代の頃で、結願したら鳥居を奉納する風習が始まったとか
巻物を咥えた眷属の狐
宝珠を咥えた眷属の狐
参拝者が多くなったからか二つに分かれ、右側通行です。普段は多くの参拝者や写真撮影で混んでいるようです
びっしりと鳥居が建てられているので雨も少しは和らぎます
東京の伏見稲荷神社に比べて圧迫感がありません
千本鳥居を抜けて、手水舎
奥社奉拝所 拝所 この背面後方に稲荷山三ケ峰の一つ、三の峰を拝む形になります。昭和50年(1975)に創建されました。
社殿 寛政六年(1794)再建
おもかる石
社殿真後ろに鳥居があり、直接背後の三の峰に鎮座する稲荷大神様にお参りできます
さてここからまた上ります
根上がりの松 現在は枯れて、根元部分のみ残されています。株の値上がりや腰や膝などの痛みが治るというご利益があるとされています。木の根を触ったり、根の間を潜り抜けると良いらしいのですが、悪天候の為その気はおきませんでした
大社本宮もすごい人出でした。本当に人混みです。
しかしながら、千本鳥居をくぐって、奥社へ詣でる人たちも、すごい人出でした。
どなたかの投稿にもありましたが、「ここまでなら大丈夫」という内容がありましたが、昨日の石清水の八幡さまと比べたら、何のことはなく、ただの登り口の石段少しと、千本鳥居はただの坂道です。
やっぱり奥社も、人混みがすごく、そそくさとお詣りを済ませて御朱印を頂戴して来ました。
御膳谷奉拝所までは登る気力も、時間もありませんでした。
ワタシは左膝を人工関節に替える手術を半年前にしたばかり。1月に札幌の凍結路面で転倒し、よりによって左膝の皿の骨にヒビを入れたばかりですそこまでは無理でした。(そのくせ、よく八幡さまに登ったな!)
御朱印
千本鳥居 登り口
千本鳥居 下り
伏見稲荷大社奥宮は桃山時代に建立されたと言われています。伏見稲荷大社奥宮は下社・中社・上社からなる三社別殿だった頃の上社、または上社に関係する建物と言われています。伏見稲荷大社奥宮は稲荷大神(いなりのおおかみ)を祀っています。
上社には大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)が祀られていたと言われています。大宮能売大神は宮殿の平安を守る女神とされています。天照大神(あまてらすおおかみ)が天岩戸(あまのいわと)から新殿に移った際に侍女(じじょ)として仕え、内侍(ないし)が善言美詞を用いて君臣の間を和らげたとも言われています。「延喜式(えんぎしき)・平安時代中期編纂」の大殿祭(おおとのほがい)の祝詞(のりと)では宮殿に鎮座して親王や諸臣が過ちを犯すことなく心安らかに仕えられるよう見守る神とされています。なお一ノ峰(上之社神蹟)は標高約233メートルの稲荷山の最高峰で、末広大神(すえひろおおかみ)と崇められています。
稲荷大神は下社の宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・中社の佐田彦大神(さたひこのおおかみ)・上社の大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)・下社摂社の田中大神(たなかのおおかみ)・中社摂社の四大神(しのおおかみ)の総称です。稲荷大神は奈良時代初期の711年(和銅4年)2月の初午(はつうま)の日に初めて標高約233メートルの稲荷山に鎮座したとされています。
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