まんぷくじ|黄檗宗
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黄檗宗大本山萬福寺にお参りしました。
異国風の寺院は、弥勒菩薩の化身である布袋様が笑顔で迎えてくださいました。
隠元禅師が中国から伝えられた精進料理「普茶料理」は自然の産物を調理し佛恩に報いるための料理です。美味しく頂きました。感謝です。
隠元禅師が伝えられた黄檗文化。
インゲン豆🫛は代表的ですが、スイカ・レンコン・ナスや煎茶、ダイニングテーブルを使った食事形態、400字詰め原稿用紙など私たちが当たり前に使用しているモノが伝えられたそうです。
萬福寺の人気者「開梆(かいぱん)」
魚が煩悩に見立てられた玉をを吐き出す様な形をしており、木魚の原型だそうです。
「雲版」青銅製
天王殿
弥勒菩薩(布袋)坐像
「石條」龍の背のウロコをモチーフにした石の参道
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母とバスツアーで行きました🚎
開山の隠元隆琦は1592年に福建省福州府に生まれ、29歳で仏門に入ると46歳の時に故郷の黄檗山萬福寺の住職となりました。
隠元は当時明においても高名な僧で、その名声は日本にも届いていました。
隠元が招かれて来日するのは1654年、63歳の時です。
当時の日本は鎖国政策を取り、海外との行き来は非常に限られていましたが、長崎の港のみは開かれ、明人が居住し、崇福寺、興福寺のような唐寺(明式の寺院)が建てられていました。
隠元は長崎・興福寺の僧逸然性融らの招きに応じて来日しました。
隠元の来日と萬福寺の開創によって、新しい禅がもたらされただけでなく、さまざまな中国文化が日本にもたらされました。
隠元の名に由来するインゲンマメのほか、孟宗竹、スイカ、レンコン、木魚などをもたらしたのも隠元だといわれています。
七福神巡りは混むから御朱印を貰えないかもとバスで言われたので、念の為に結願済みの色紙を頂きました✨️
白と金があり、どちらも7000円でした。
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「漆黒に浮かび上がるー国宝を抱く龍🐉
京都の夜に、光で描かれる龍を見たことがありますか。
夜の龍が舞い降ります。」
萬福寺さんのポスターから
特別拝観&アートインスタレーション
令和8年2月8日まで
萬福寺境内に龍の背中を表す
菱形の石條が連なっています。
龍の背中を歩く🐉✨✨
ライトアップ
萬福寺さんでは
僧侶さんの中で龍の背中(道の真ん中)を歩く事が許されているのは御住職さまのみなんだそうです。
そんな龍さんの背中を歩かせていただきました😍
夜間拝観限定・夜の普茶料理
萬福寺さんの普茶料理に、現代普茶料理を加えた特製弁当🍱
現代普茶料理は京料理 近江懐石の名匠
黄綬褒章受賞の料理人 清本健次氏によるものです。
普茶料理は、隠元禅師が中国から伝えた精進料理で、「すべての人と茶を共にする」という精神のもと、四人一卓で和やかに味わう伝統の料理。禅の教え「五観の偈」を唱えながらいただくことで、食事も修行のひとつとなるそうです。
曲録の椅子
僧侶が使う特別な椅子🪑





日本、美のるつぼ展に京都国立博物館へ行って来ました。
展示は撮影禁止、唯一写真okが萬福寺の十八羅漢坐像の羅怙羅尊者像でした。
お寺にはお参りしていませんが手を合わさせて頂いたので投稿させて頂きました。
京都駅に着きバスの列にゾッとして、駅隣りのザ.サウザンド京都ホテルから京阪のステーションループバスが七条京阪駅まで230円で出ていると聞き乗車してみました。
なんと私一人!貸切です!
三十三間堂や博物館までも歩いてすぐ、お勧めですよー♪
今日は一人!
京都はひとりだとワクワクしながらひたすら歩きます♪

暗い中でライトアップされた羅怙羅尊者像はかなりの迫力。
今度は是非萬福寺さんでお目にかかりたい!

自分の中の仏
十八羅漢坐像のうち羅怙羅尊者像。黄檗宗の開祖・隠元禅師によって萬福寺に招かれた中国人仏師・范道生(はんどうせい)の代表作です。羅怙羅(らごら)は出家前の釈迦の子で、自分の中に仏がいるのだと胸を開いて見せています。


国宝 (令和6年に追加指定)
萬福寺の法堂 大雄宝殿 天王殿
龍さんの背中の上を歩ける参道🐉
(個人的意見)
正方形の平石を菱形に敷き、両側を石條で挟んだ萬福寺さんの特殊な参道🐉
龍の背の鱗をモチーフ化されたものです。
この日は雪がチラついてました。
凍ってるし😱
寒かったです😨
大雄寶殿
御本尊 釈迦牟尼佛
両脇侍 迦葉 阿難
両脇 十八羅漢像
圧巻な仏像さまでした🤩
開梛(かいぱん)
日常の行事や儀式の刻限を知らせる法器
巨大な木の魚です。吊るされてます。
萬福寺さんの御朱印帳やお土産等にこのデザインが多く使われてます。
雲版
朝と昼の食事と朝課の時に打つものです。青銅製
所々に生けてある蝋梅
めっちゃ良い匂いでした🤍

2024年秋の文化審議会の答申で、大雄宝殿、法堂、天王殿が国宝指定されることになり改めて参拝。
1654年中国福建省から渡来した隠元隆琦が、後水尾天皇や徳川家綱の崇敬を得て1661年に開いた黄檗宗の大本山。
伽藍配置や建築様式は中国明時代のものを取り入れており、創建当時の姿で現在に伝わっている。
国宝指定される大雄宝殿は1668年、法堂は1662年、天王殿は1668年の建立。
総門は1688年、三門は1678年、鐘楼は1668年、伽藍堂は1669年、斎堂は1668年、大庫裏は1821年、東方丈は1663年、西方丈は1661年、威徳殿は1701年、祠堂(慈光堂)は1675年、禅堂は1663年、祖師堂は1669年、鼓楼は1679年、寿蔵は1663年、開山堂は1675年、舎利殿は1667年、松隠堂通玄門は1665年、松隠堂客殿、松隠堂庫裏は1694年、松隠堂侍真寮は寛文年間(1661年~1672年)、八幡宮祠堂は1667年、石碑亭は1709年の建築で回廊とあわせ重文指定されている。

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