御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

かとうじんじゃ

加藤神社のお参りの記録一覧
熊本県 熊本城・市役所前駅

4 / 7ページ76〜100件168件中
四季
四季
2022年01月01日(土)560投稿

賀正 本年もよろしくお願いします。

加藤神社 名城熊本城

主祭神  加藤清正公
社格等  旧県社
創建   明治4年(1871年)
本殿様式 流造
別名   錦山神社
例祭   7月第4日曜日(清正公(せいしょこさん)祭り)

元は慶長16年(1611年)の清正公の歿後に清正公を祀った浄池廟でした。慶長19年(1614年)、火災で焼失した本妙寺が浄地廟に移されました。 神仏分離により明治元年(1868年)、浄地廟の儀式を神式で行うこととなり、同4年(1872年)、浄池廟・本妙寺より神社を分け、熊本城内に社殿を造営して錦山神社とされました。場所は大天守、小天守、宇土櫓に囲まれた平左衛門丸で、また同年大木兼能と金官を合祀されました。同7年(1875年)、熊本城内に熊本鎮台が置かれるのに伴い、城外の新堀町(現在の京町一丁目)に遷座し、翌8年県社列格、同10年(1878年)2月、西南戦争により社殿を焼失し(神体は健軍神社に避難していました)、明治17年に再建されました。
明治42年(1909年)に、錦山神社から加藤神社に改称。乃木希典大将も加藤清正公を信仰されていたこともあり、各地に分霊を祀る加藤神社ができたそうです。
加藤清正公を祭る神社は一時90社を数えましたが、一部例外(鹿児島県など)を除き全国的に分布しますが、その約半分は熊本県内にあります。
(八代市 貝洲加藤神社等)
昭和27年(1952年)、宗教法人加藤神社となり、同37年、道路改修のため、熊本城内の現在地に遷座されました。

~・~・~・~

~日本三大名城『熊本城』~

2016年(平成28年)の熊本地震により大きな被害を受けましたが、2021年6月からは、天守閣内部の観覧が再開されました。

世界遺産「姫路城」は別格として、
「江戸城」「名古屋城」「大坂城」「熊本城」
の4城のひとつになります。

別名 
千葉城(出田氏)、六実城、隈本城(鹿子木氏、菊池氏、城氏、佐々氏、加藤氏半国期)、銀杏城

城郭構造 梯郭式平山城

天守構造 連結式望楼型3重6階地下1階(非現存・1600年築)
外観復元(RC造 1960年再) 築城主 出田秀信(千葉城)、鹿子木親員(隈本城)
築城年 1469年~1487年頃

主改修者 加藤清正公

主城主  加藤氏、細川氏

廃城年 1874年
遺構  櫓・門・塀、石垣、堀 指定文化財 国の重要文化財:櫓11棟、門1棟、塀1棟 国の特別史跡:熊本城跡 再建造物 外観復元:大小天守、平櫓 木造復元:西大手門、数奇屋丸二階広間、南大手門、西出丸戌亥櫓、未申櫓、元太鼓櫓、飯田丸五階櫓、馬具櫓、本丸御殿大広間

🌸肥後六花と再春館

再春館(さいしゅんかん)とは、熊本藩の第6代藩主細川重賢が宝暦6年(1756年)に設立した藩校(医学校)。北里柴三郎らを輩出しました。熊本大学医学部の前身です。多くの寮をもち、また講堂、植物園を備えています。宝暦6年12月21日付細川家文書が残っています。

(御朱印等は後日整理でき次第UPさせて頂きます)

熊本市中央区本丸2―1

加藤神社の御朱印

加藤神社 再遷宮六十年記念
令和四年 壬寅歳正月 御朱印

加藤神社のその他建物
他41枚の写真を見る
もっと読む

熊本県のおすすめ🎌

広告
行きたい
行った
お問い合わせ

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ