じょうらくじ|臨済宗建長寺派|粟船山(ぞくせんざん)
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御朱印 | |||
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限定 | - | ||
御朱印帳 | - | ||
駐車場 | あり。7台ほど。 |
常楽寺について
鎌倉へ招かれた蘭渓道隆は
鎌倉禅宗発祥とされる「常楽寺」住持として禅宗を広め、
後の建長5年(1253年)に創建された建長寺が鎌倉禅宗の中心となりました。
仏殿背後に、開基 北條泰時公の墓があります。
山門左横から民家と接する道をへ進むと、” 木曽塚 ”(伝・木曽義高墓所)の高台へ上ることができます。
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24.05.26。先の多聞院より徒歩10分。鎌倉市大船5丁目の住宅街にある臨済宗建長寺派の寺院。
山号 粟船山
創建 嘉禎3年(1237年)
開基 北条泰時
開山 退耕行勇
本尊 阿弥陀三尊
【寺の歴史】
当寺は鎌倉の北西を守護する位置にあって、鎌倉幕府第三代の執権北条泰時公と、建長寺開山大覚禅師(蘭渓道隆)ゆかりの古刹である。寺は山号を粟船山(ぞくせんざん)といい、常楽寺と名を改める前は、粟船御堂(あわふねみどう)とも呼ばれた。現在の大船の地名はこの「粟船」にちなむとされる『吾妻鏡』嘉禎三年十二月十三日条によると、泰時公が妻の母の追善供養のため、山ノ内(当時の山内荘)の墳墓のかたわらに一つの梵宇を建立し、退耕行勇が供養の導師をつとめたとある。これが当寺の開創となった。
〜当山パンフレットより抜粋〜
本日のラスト箇所。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で坂口健太郎さんが演じた北条泰時を思い出しながら参詣。境内へ続く参道左右は住宅が並んでいますが、一歩境内へ入ると緑に囲まれた禅宗寺院らしく静寂さのある居心地良いお寺さんでした。
参道
寺号標
解説ボード
山門
茅葺が歴史を感じさせます。
山門横の木戸をくぐり境内へ
古井戸の跡かな!
参道
左右は緑で癒されます。
仏殿
神奈川県指定重要文化財
阿弥陀三尊像
鎌倉市指定文化財
仏殿左隣の文殊堂方向
↓
文殊堂
本尊は木造文殊菩薩坐像。
1月25日の文殊祭以外は開扉されない秘仏で神奈川県指定重要文化財です。
仏殿裏手に泰時公他の墓所碑
泰時公墓
本堂
仏殿手前右側にあります。
↓
庫裡前に
↓
庫裡
こちらで書き置き御朱印とパンフレットを拝受しました。
読み応えあるパンフレットです。
鎌倉殿の13人で、最も好きな、坂口健太郎じゃなかった、北条泰時の創建した寺院で、北条泰時のお墓もあります。
又、寺の裏山を登って行くと、悲劇のヒロインと若き悲しみの人。源頼朝の娘、大姫(あくまでも伝説なのであるが)の墓と、木曽義高のお墓があります。
1184年に亡くなった義高のお墓には、なんと!令和4年に描かれた卒塔婆がありました。常楽寺の僧侶が書かれて、山登りして弔っているのでしょう。
感動しました。
現実には、結ばれなかった義高と大姫が、この地で幸せにと願うのでした。
工事中につき、僧侶のいる場所に入れず。御朱印はいただけず、残念でした。
右が北条泰時の墓になります。
大姫の墓の説があります。
山登りして、木の根に転びそうになりながらも、義高のお墓に。
山の上にあった可愛らしい稲荷神社。
義高のお墓に。
令和4年の卒塔婆です。
まだまだ鎌倉のイチョウは緑です。
工事中・・・・
名称 | 常楽寺 |
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読み方 | じょうらくじ |
参拝にかかる時間 | 境内参拝ならば20分ほど。” 木曽塚 ”(伝・木曽義高墓所)の高台へ上ると40分程度。 |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 0467-46-5735 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
ご本尊 | 阿弥陀三尊 |
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山号 | 粟船山(ぞくせんざん) |
宗旨・宗派 | 臨済宗建長寺派 |
創建時代 | 創建: 嘉禎3年(1237年) |
開山・開基 | 開山: 退耕行勇 開基: 北条泰時 |
文化財 | 梵鐘 _ 国の重要文化財
|
体験 | 仏像御朱印重要文化財武将・サムライ有名人のお墓伝説 |
Wikipediaからの引用
概要 | 常楽寺(じょうらくじ)は、神奈川県鎌倉市大船にある臨済宗建長寺派の寺院である。山号は粟船山(ぞくせんざん)。本尊は阿弥陀三尊。嘉禎3年(1237年)の創建で開基は北条泰時、開山は退耕行勇である。 |
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歴史 | 歴史[編集] 常楽寺はもと「粟船御堂」(あわふねみどう)と呼ばれ、北条泰時夫人の母の追善供養のために建てたものであった[1]。創建当時は密教系寺院、また、浄土系寺院でもあったとされているが、次第に禅宗色が強まり、後に臨済宗の寺となった。 建長年間、時の執権・北条時頼によって宋の禅僧、蘭渓道隆が鎌倉に招かれた。蘭渓ははじめ常楽寺の住持となり中国風の禅宗を広め、寺には多くの僧が蘭渓の教えを乞うために訪れた。 その後、建長寺が創建され(落慶供養は建長5年(1253年))、同寺が鎌倉における禅宗の中心寺院になったが、それ以降も臨済宗建長寺派においては「常楽は建長の根本なり」と重視されつづけた。 ...Wikipediaで続きを読む |
アクセス | 交通[編集] 大船駅より徒歩15分、もしくは江ノ電バス常楽寺バス停より徒歩5分。車の場合は神奈川県道21号横浜鎌倉線常楽寺交差点より大船駅方面へ向かう市道に入り、100メートルほど先を右折すると山門にあたる。 |
引用元情報 | 「常楽寺 (鎌倉市)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%B8%B8%E6%A5%BD%E5%AF%BA%20%28%E9%8E%8C%E5%80%89%E5%B8%82%29&oldid=99631429 |
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