とうがくじ|高野山真言宗|休場山
等覚寺神奈川県 湘南深沢駅
9:00~16:00
御朱印 | |||
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限定 | - | ||
御朱印帳 | - | ||
駐車場 | 寺の車と檀家さま兼用と思しき駐車場はあり。 |
21.09.30。先の青蓮寺さんよりバスで大船駅へ戻り「湘南モノレール」に乗換、湘南深沢駅下車、徒歩3分。鎌倉市梶原にある高野山真言宗寺院。正式名称:休場山 弥勒院 等覚寺(きゅうじょうざんみろくいんとうがくじ)。創建:応永年間(1394〜1428年)。開山:秀恵僧都。本尊:不動明王。《相模国準四国八十ハヶ所第21番札所》
当寺は昔、御霊神社と境を接していたと言われている。境内に、明治6年「訓蒙学舎」が建てられ、明治8年「梶原学校」と改められた。現在の「深沢小学校」の前身である。又境内には新田義貞の鎌倉攻めの洲崎合戦で死んだ武士を供養するための五輪塔や無縁塔などが祀られている。
〜Webサイト《鎌倉ぶらぶら》より〜
駅から近い住宅街にありながら、閑静な境内や特に茅葺の山門が実に魅力的なお寺さんです。
寺号標。
山門。
本堂。
延命地蔵尊と六地蔵尊。
水子地蔵尊。
大師堂。
弘法大師様。
庫裡方向。→こちらで直書きの御朱印を拝受しました。
モノレール湘南深沢駅徒歩2分。真言宗寺院。
ご本尊は不動明王。
山号の「休場山」は梶原景時が休んだ地と言われている。
ちなみに、ここから近くにある東光寺も住職を兼ねています。
茅葺き屋根の薬医門です。
参道はきれいに行き届いています。
本堂。
20.04.29 鎌倉、高野山真言宗「休場山弥勒院等覚寺」参拝 _ 鎌倉市梶原
2020年現在、世界規模危機の一日でも早い脱出と危機の収束を真摯に祈願いたしました。
01) 「等覚寺(とうがくじ)」説明板
02) 相模国準四国八十八ヶ所第二十一番札所。
高野山真言宗「休場山弥勒院等覚寺」薬医門形式で茅葺屋根の山門
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03) 境内からの遠景
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04-1) 前面の近景を撮り漏らしたけど、境内参道から本堂方向。
段の手前右方向に、仏像群が鎮座。
04-2) 本堂の扁額 ” 休場山等覚寺 ”
2020年現在、世界規模危機の一日でも早い脱出と危機の収束を真摯に祈願いたしました。
04-3) 本堂に向かって左上の木鼻
04-4) 本堂中央上方の彫刻
04-5) 本堂に向かって右上の木鼻 と
軒下に ぐるりとぶら下げられた釣燈籠 ’ みたいな ’ もの。
04-6) 本堂に向かって右斜前から見上げる
04-7) 本堂に向かって右側面方向(本堂の左側面)遠景
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05) 本堂に向かって右奥の境内(写真04-7の立ち位置)。
洲崎古戦場跡から出土した、
新田義貞に攻められて戦死や自刃した北条軍とされる武士の供養塔群。
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06-1) 本堂に向かって右奥裏山方向。
意味不明なヘボ写真だが、
左方向が歴代住職墓所か?深い縁者檀家の墓所か?と思しきゆえ遠景に留めた。
06-2) 裏山裾の、石仏と庚申塔。
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07-1) 山門を潜った境内(写真03)に戻って右方向。
左:新しい地蔵、六地蔵&古い地蔵、
中奥:大師堂、
右奥:水子地蔵、右手前:石柱
07-2) 新しい方の石造 地蔵菩薩立像、延命地蔵尊。
07-3) 呼び方を知らないが庚申塔にあるような舟形光背の六地蔵石仏 と、
古い方の石造地蔵菩薩立像。
07-4) 青銅造の水子地蔵尊
08) 石柱: ” 四国八十八ヶ所 第二拾壱番 ”
_ 無知ゆえ撮り漏らしたが
他の面には ” 阿州 大龍寺之寫 ” と刻まれ、
奥の大師像が大龍寺大師像の写し ’ らしい ’。
一番手前に建つので、大師堂参道の門柱の意味 ’ らしい ’。
09) 大師堂内の、石造 弘法大師坐像。
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20.04.29K #鎌倉 、 #高野山真言宗 「 #休場山弥勒院等覚寺 」_ #鎌倉市梶原
https://mitch1.blog.ss-blog.jp/2020-05-08-7
/ #高野山真言宗休場山弥勒院等覚寺 #休場山等覚寺 #等覚寺 #訓蒙学舎 #深沢小学校の前身
名称 | 等覚寺 |
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読み方 | とうがくじ |
参拝時間 | 9:00~16:00 |
参拝にかかる時間 | 15分 |
参拝料 | なし(志納) |
トイレ | なし |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 0467-46-7464 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | https://www.tougakuji.jp/index.html |
ご本尊 | 本尊:不動明王 |
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山号 | 休場山 |
院号 | 弥勒院 |
宗旨・宗派 | 高野山真言宗 |
創建時代 | 応永年間(1394~1428年) |
開山・開基 | 開山:秀恵僧都(しゅうえそうず) |
体験 | 仏像御朱印武将・サムライ札所・七福神巡り伝説 |
概要 | 等覚寺(とうがくじ)は、神奈川県鎌倉市梶原にある真言宗の寺院。 |
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歴史 | 歴史[編集] 寺伝によると応永年間、秀恵僧都による創建とされる。元は青蓮寺の末寺であったが[1]、現在は高野山寳壽院の末寺である[2]。 明治6年 (1873年)には境内に「訓蒙学舎」が建てられ、明治8年 (1875年)に「梶原学校」と改められた[3]。この学校は現在、深沢小学校に続いている。 かつては御霊神社の東隣にあったが、深沢中学校の建設により移転した。 ^ 新編相模国風土記稿 1932, p. 168. ^ 吉川弘文館『鎌倉古社寺辞典』173p ^ 鎌倉市教育委員会『かまくら子ども風土記』262p |
引用元情報 | 「等覚寺 (鎌倉市)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%AD%89%E8%A6%9A%E5%AF%BA%20%28%E9%8E%8C%E5%80%89%E5%B8%82%29&oldid=90052811 |
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