みょうおういん|真言宗泉涌寺派|飯盛山 <飯盛山寛喜寺明王院>
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楽しみ方明王院のお参りの記録一覧

令和七年十二月二十八日参拝。
神奈川ー628。
こちらは、ホトカミに初投稿した以来の参拝になります。その時は、鎌倉十三仏詣実行委員会が開催した、お寺で祀られている女神様を巡る企画で最初に訪れたお寺になります。
二十八日は御本尊である不動明王の御縁日であり、護摩法要が行われいます。杉本寺でゆっくりし過ぎたせいで、法要の時間には間に合いませんでした。
こちらの寺院は、鎌倉幕府将軍の勅願によって開山された寺院で、鎌倉市内に現存する唯一の寺院になります。
飯盛山寛喜寺明王院。
宗派ー真言宗泉涌寺派。
創建ー嘉禎元年(1235)。
開基ー藤原(九条)頼経[鎌倉4代将軍]
開山ー定豪。

寺号標。五大堂明王院と記されいます。


こちらから先は、撮影禁止になります。

金沢街道から少し入った静かな一角に佇む明王院を参拝しました。鎌倉十三仏の札所として知られ、境内には凛とした空気が流れています。山門をくぐると、鎌倉らしい落ち着いた佇まいの藁ぶき本堂が姿をあらわし、周囲の緑と調和した景観がとても印象的でした。
伺った際、ご住職はちょうどお庭の手入れの最中でしたが、気さくに応対してくださり、御朱印も快く書き入れてくださいました。その筆致は力強く、明王院の雰囲気にも通じる品格のある文字で、いただいた瞬間に「ここでしか受けられない御朱印だ」と感じるものでした。
観光地の喧騒から少し離れた場所にあるため、境内は静寂に包まれ、参拝に集中できる落ち着いた空間です。素朴ながらも風格を備えた鎌倉の古刹らしい魅力を感じられ、心が洗われるようなひとときとなりました。


境内撮影禁止。ブックオフで買った2010年発刊(そんなに前のものと知らず)の鎌倉三十三観音のガイドブックに月の表紙の三十三観音用納経帳が紹介されてたのでこちらで発願しようと参拝しましたら既に頒布終了でした。納経帳のある杉本寺参拝後に再度参拝しました。

引き続きシェアサイクルで回ってました。金沢街道沿いにでている明王院の案内は小さい矢印板しか見当たらないのでテニススクールの看板を目印にしたほうがいいです。御住職さん的には便数も多いのでバス利用をお勧めしてました。道路狭いので自分的にも金沢街道沿いのお寺めぐりはバスのほうがいいと思います。

一度目通り過ぎて東から来た時に垣根の勝手口のようなところを撮影

境内撮影禁止なので門の前から
本堂は杉本寺のように茅葺き屋根でした。
客殿には吊るし宝珠がぶら下がってました。どのようなものかはネットで検索するか明王院さんのフェイスブック見ていただくと分かります。授与所で吊るし宝珠も頒布されてました。
鎌倉十三仏の御朱印帳は頒布されてました。

鎌倉三十三観音の御朱印
観音堂は本堂向かって右側にあること御住職さんより教えていただきました。

9月28日の大祭の時の不動明王御朱印も拝受。聖天ご縁日御朱印も拝受してましてそちらには大根が描かれてました。

2月16日、聖天様のご縁日ということで鎌倉十二社にある明王院にお参りして法要に参加、御朱印をいただきました。ここの明王院は、毎月28日に不動明王の縁日法要をしていることでよく知られていますが、普段観音堂に安置されている聖天様の縁日法要をコロナ明けから行っているとのことです。

初午の特別御朱印(書置き)

当日いただいた御朱印(直書き)
書き手さんが変わると文字の印象が変わりますね。

縁日法要でいただける聖天の御札(表)
観音経の教本は法要時に貸し出していただけますが、私は8年ほど前に購入させて頂きました。

聖天の御札(裏)

神奈川県 鎌倉市 十二所に境内を構える、明王院(みょうおういん)正式名称は 飯盛山 寛喜寺 明王院、五大堂の別称も有名、山号は 飯盛山、寺号は 寛喜寺、院号は 明王院、宗旨 宗派は 古義真言宗、真言宗 泉涌寺派、ご本尊は 五大明王、「五大堂」鎌倉観音三十三ヶ所霊場 第八番札所 十一面観世音菩薩、鎌倉十三仏霊場 第一番札所 (不動明王)、
寛喜3年(1231年)鎌倉幕府4代将軍藤原(九条)頼経によって発願された寺で寺号の「寛喜寺」は発願の年号による。嘉禎元年(1235年)に落慶し鶴岡八幡宮別当の定豪が開山に迎えられた。
寺は寛永年間(1624 - 1644年)の火災で焼失し、その後再建されたものである。本尊として不動明王を中心とする五大明王像を安置するが、不動明王像のみが鎌倉時代のもので、他の4体は上記の火災後の造立である。不動明王像は作風から鎌倉時代の仏師・肥後別当定慶の作と推定されている。明王院は藤原頼経開基の寺院であるが、頼経の室・竹御所の一周忌の本尊仏を文暦2年(改元して嘉禎元年・1235年)5月、肥後法橋(定慶)が造立したことが『吾妻鏡』にみえ、頼経と定慶の関係を裏付けている











光触寺を後に徒歩にて向い鎌倉市十二所の明王院を参拝しました。
明王院も他の参拝が居なかったので鎌倉33観音(8番)・鎌倉13仏(1番)・鎌倉24地蔵尊(番外)3つの御朱印を頂きました。
鎌倉33観音(8番)を頂いた事で鎌倉33観音霊場巡りは結願しました。
明王院について(お寺の案内板より)
鎌倉幕府の四代将軍藤原頼経が、将軍の祈願寺として建立しました。
幕府の鬼門の方角にあたるため、鬼門除け祈願寺として本尊の五大明王がお堂にそれぞれ祀られていたことから、古くから五大堂と呼ばれていました。
五大明王とは、不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王で鎌倉市内で祀られているのは明王院だけです。
【宗派】真言宗泉涌寺派
【創建】寛喜3年(1231年)
【本尊】五大明王
【開山】定豪
【開基】藤原頼経
【山号】飯盛山
【院号】明王院
【寺号】寛喜寺
【正式】飯盛山 寛喜寺 明王院
【別称】五大堂
「明王院の札所」
・鎌倉33観音(8番)
・鎌倉13仏(1番)
・鎌倉24地蔵尊(番外)
※境内は写真撮影禁止のためあまり写真がありません。

明王院の案内図

明王院の寺号標
(境内の撮影禁止)

鎌倉33観音(8番)の御朱印

鎌倉13仏(1番)の御朱印

鎌倉24地蔵尊(番外)の御朱印

鎌倉33観音 御朱印一覧表①

鎌倉33観音 御朱印一覧表②

2022.2.27.2月終わりの晴れた週末に、思い余って鎌倉。
仕事でショックなことがあって落ち込んで、どうしたらいいのかわからなくなって、鎌倉十三仏めぐり。
まずは専用御朱印帖を求めて明王院へ。
境内はこぢんまりとしていました。梅の花が咲いていて、癒されました。
そして、御朱印帖と御朱印はもちろんのこと、境内の梅で作った梅干と梅酢が販売されていたので、一つずつ買いました。
しかも、お不動さんの期間限定の御朱印(書き置き)、コロナ禍のため期間延長で頒布されてるとのことで、偶然おこぼれで授かることができました。
梅酢はビン入りで重かったですが、なんといっても仏様の波動入りです。買えてありがたかったです。後日自宅でしらす丼を作った際に、酢飯に使ったりしました。

山号標です。


入口はこぢんまり。

案内板です。

21.12.11。JR横須賀線/江ノ電「鎌倉駅」東口よりバスで「泉水橋」下車、徒歩4分。鎌倉市十ニ所にある真言宗泉涌寺派の寺院。
《鎌倉十三佛霊場第一番札所》
《鎌倉三十三観音霊場第八番札所》
山号 飯盛山
寺号 寛喜寺
創建 嘉禎元年(1235年)
開基 藤原頼経
本尊 不動明王
鎌倉幕府の将軍の発願によって建立された、鎌倉市内に現存する唯一の寺院です。幕府の鬼門の方角に当たる十ニ所に鬼門除けの祈願所として、五大明王をおまつりしています。
五大明王とは、中心の不動明王、その周りを囲む大威徳明王、軍荼利明王(ぐんだり〜)、降三世明王(ごうざんぜ〜)、金剛夜叉明王からなる五体の明王様の総称です。(後略)
〜明王院HPより〜
本年3月に「鎌倉十三佛霊場巡り」として参詣。今回は「古都・鎌倉紅葉巡り」第三弾 及び「鎌倉三十三観音霊場巡り」その⑥。週末の快晴日でしたが、市内中心地から離れている地区で人も少なくゆっくりと散策できました。

鎌倉三十三観音霊場第八番札所。

寺号標。


山門。

参道。

本堂遠景。
境内は撮影禁止。

寺務所
直書きの御朱印を拝受しました。

庫裡
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