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神楽殿裏の道路横に参拝者用駐車場があります。8台停められます。

村富神社について

住宅地の中の閑静な場所にあるパワースポットです❣️

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ひなぎく
ひなぎく
2024年03月31日(日)
487投稿

村富神社は江戸時代前期、商人の相模屋助右衛門が新田開発の成就を祈願して稲荷社を創建したことに始まります。

相模原市矢部から座間市相武台に抜ける県道507号線は通称「村富線」と呼ばれていますが、ここ村富神社が起点であることに由来しています。
昔は境内に巨大な松の御神木があり、津久井や神奈川へ通じる街道からよく見え道標になったことから、自然と「村富線」と呼ばれるようになったとも言われています。

現在、御鎮座350年記念事業の拝殿修繕工事が行われていますが、通常通り参拝できます。
御朱印は亀ヶ池八幡宮で拝受できます。

村富神社(神奈川県)

一の鳥居と社名塔

村富神社(神奈川県)

手水舎

村富神社(神奈川県)

参道

村富神社(神奈川県)

二の鳥居

村富神社(神奈川県)

村社碑と説明看板

村富神社(神奈川県)

手水舎(2つ目)

村富神社(神奈川県)

白狐

村富神社(神奈川県)
村富神社(神奈川県)

令和5年内に完了予定との事でしたが、まだ工事中でした。

村富神社(神奈川県)
村富神社(神奈川県)

本殿

村富神社(神奈川県)

神楽殿

村富神社(神奈川県)

礼舎

村富神社(神奈川県)

祖神社(相模屋助右衛門大人命)

村富神社(神奈川県)

江戸の豪商であった相模屋助右衛門は、しばしばこの地で馬の荷を降ろし、しばらく逗留することもあったといいます。そこで「ここに宿場があれば旅人も助かるだろう」と考え、新田開発を決意。開発の成功を願い神社を建立しました。開発は無事進み、周辺は旅人の宿泊場所として利用されたといいます。

村富神社(神奈川県)
村富神社(神奈川県)

「立村三百年記念」

村富神社(神奈川県)

「平和記念碑」

村富神社(神奈川県)

「明治三十七年記念」

村富神社(神奈川県)

「名跡鎌倉街道見透之松」
かつてここに「見透しの松」と呼ばれる巨松がありましたが、大正15年(1926)に台風によって倒壊してしまったそうです。相模原民話伝説集に伝わる場所でもあり、息をとめて松の幹の周りを7周まわると白蛇が見えたといいます。松は根元が空洞となっており、大蛇のために空洞にお供えをする村人もいたそうです。

村富神社(神奈川県)

「立村二百六十年記念碑」

村富神社(神奈川県)

山の神(大山咋命)

村富神社(神奈川県)

向かって左が蚕影様の祠、右が山神様の祠になります。

村富神社(神奈川県)

「大震災記念植樹」

村富神社(神奈川県)

「力くらべ石」

村富神社(神奈川県)

八坂社

村富神社(神奈川県)

御輿庫および獅子堂

村富神社(神奈川県)

三の鳥居

村富神社(神奈川県)

扁額

村富神社(神奈川県)

少しですが咲いていました✿

村富神社(神奈川県)
村富神社(神奈川県)

「仲好地蔵尊」
三の鳥居横の端のほうにひっそりと祀られていました。小さい六地蔵様が可愛らしいです。

村富神社(神奈川県)

「地蔵堂」
脇参道の入口にあります。ちなみに、こちらの地蔵堂の正面に駐車場があります。

村富神社(神奈川県)

「龍神様」
こちらも脇参道にあります。龍神道祖神、馬頭観世音、金神、水神などの石碑がありました。

村富神社(神奈川県)

工事はもう少しかかりそうですね。

村富神社(神奈川県)

「地神塔」
一の鳥居を入ってすぐ横に鎮座されています。

村富神社(神奈川県)

「相模原市保存樹木のマツ」
一の鳥居前にあります。御神木といわれてもおかしくないくらい、とても立派でした。

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歴史

江戸時代前半期の延宝元年(1673)、相模屋助右衛門が相模野に矢部新田村一村を開墾するに先立ち、巨大な松の立つ場所を霊地に選び、新田開発の成就を祈願して稲荷社を創建したもの。193町歩の新田開発は苦心の末に成就し「鎌倉街道見通しの松」と呼ばれた巨松を神木として、2544坪という広大な境内を持つ矢部新田村総鎮守社となった。
慶應3年(1867)3月、神祇伯王家より村富稲荷社の神宣を受けて社号とし、さらに昭和27年村富神社と改称して今日に至っている。

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村富神社の基本情報

住所神奈川県相模原市中央区矢部2-7-15
行き方

JR横浜線「矢部駅」下車 徒歩6分

アクセスを詳しく見る
名称村富神社
読み方むらとみじんじゃ
通称村富稲荷社
参拝時間

24時間空いています。

トイレありますが、お祭りなどのイベントの時以外は使えません。
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし

詳細情報

ご祭神《主》宇迦之御魂命
《相》大己貴命、大宮姫命
創建時代延宝元年(1673)
創始者相模屋助右衛門
文化財

獅子頭3体(市指定有形民俗文化財)

ご由緒

江戸時代前半期の延宝元年(1673)、相模屋助右衛門が相模野に矢部新田村一村を開墾するに先立ち、巨大な松の立つ場所を霊地に選び、新田開発の成就を祈願して稲荷社を創建したもの。193町歩の新田開発は苦心の末に成就し「鎌倉街道見通しの松」と呼ばれた巨松を神木として、2544坪という広大な境内を持つ矢部新田村総鎮守社となった。
慶應3年(1867)3月、神祇伯王家より村富稲荷社の神宣を受けて社号とし、さらに昭和27年村富神社と改称して今日に至っている。

体験七五三御朱印

Wikipediaからの引用

概要
村富神社(むらとみじんじゃ)は、神奈川県相模原市中央区矢部にある神社である。
歴史
歴史[編集] 寛文年間(1661年〜1672年)に相模屋助右衛門が新田開発祈願のために稲荷神社として創建される。 1673年(延宝元年)相模屋助右衛門によって上矢部新田村開村[注釈 1] 1806年(文化3年)相模原市指定有形民俗文化財である、獅子頭3体(剣獅子・玉獅子・巻獅子)が制作される。 1866年(慶応2年)伏見稲荷大社から勧請する。 1873年(明治6年)村社に列せられる。 1952年(昭和27年)村富稲荷から村富神社に改称。 ^ 新編相模国風土記稿 上矢部新田村. 引用エラー: 「注釈」という名前のグループの タグがありますが、対応する Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] JR東日本横浜線:矢部駅
引用元情報村富神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%9D%91%E5%AF%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=86974485
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