ぜんつうじ|真言宗善通寺派総本山|五岳山(ごがくざん)
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楽しみ方善通寺のお参りの記録一覧

三連休の中日、天気も最高だったので、香川県まで日帰り遠征🚙義父がまだお元気だったころ、15年振りにお参りしました🙏真っ暗な中、自分を見つめなおしながら進む戒壇めぐりや,四国八十八ヶ所霊場お砂踏みなどとても懐かしい思いでお参りしました🙏15年振りのお参りは、なんだか楽しいですね😊







西院内の、いろは会館で豚丼をいただきました🐷

本日、真言宗善通寺派総本山/五岳山善通寺様にうかがいました。

本日、うかがって四国霊場八十八ヶ所納径帳に頂きました。

本日、真言宗善通寺派総本山/五岳山善通寺様にうかがいました。
四国八十八ヶ所逆打ち巡礼にて参拝しました。
何回か来たことがある善通寺さま。前回来た時は、6年前に亡くなった友人とでした。讃岐うどんを食べに行こうと出掛けました。
五重塔の石段に座りのんびりと過ごした事を思い出して涙が出てきました。
今回の巡礼は、父や友人に後押しされている気がしました。
駐車場側から入り鐘をついてから、東院に向かい本堂でお参りし、西院の御影堂に戻りました。ただ一つ失敗しました…真言宗十八本山の御朱印帳を忘れてしまいました。次回にリベンジです。

救世橋



鐘をついてから東院の本堂に向かいました


南大門










本堂



















中門


仁王門







御影堂 大師堂















涅槃桜の案内看板








"青春18切符"を使って、善通寺さんにお参りに行きました。いくつも電車を乗り継ぎましたが、運よくどの電車も座って行くことができました。😅
善通寺駅に着き改札を出ると、とても静か。高校生の笑い声が心地よく、地図で場所を確認し、トコトコ歩き始めました。🚶
四国八十八ヶ所霊場 第75番札所
山号:屏風浦五岳山
宗派:真言宗善通寺派
御本尊:薬師如来
創建:伝 807年(大同2年)
和歌山県の高野山、京都府の東寺と共に弘法大師空海の三大霊場とされています。境内は広く、創建地である東院(伽藍)と空海生誕地である西院(誕生院)に分かれています。


【五重塔】
周りに高い建物がありませんので、目印になります。

【金堂(本堂)】
1699年(元禄12年)再建されたもの。
御本尊:薬師如来坐像

【仁王門】



【御影堂(大師堂)】

納経所でいただきました。

3回目の1泊2日四国八十八か所巡り 2日目の9寺院目です。
今回の旅は思った以上にたくさん巡ることができました。今治市に寺院がまとまっていたおかげです。
前回も松山市にまとまっていたおかげでたくさん巡れました。愛媛県ありがとう。
さて善通寺は本当に大きなお寺でした。何より境内が広いし堂宇も多い。
工事中の建物もありましたが 見どころ満載でした。
御影堂も金堂も釈迦堂も・・・見事な建物で歴史を感じます。
どちらも内陣の写真が撮れないのですが ぜひ本物を見ていただきたいです。
善通寺の最も特筆すべきは 東院と西院に分かれている(?)ことです。
西院には御影堂を中心に多くの建物があります。地面も土ではなく整えられています。
東院には金堂と釈迦堂と五重塔があります。境内社も多くあります。地面は土です。
華やかな西院と昔ながらのイメージの東院という感じを受けました。
まぁこれはお参りした人によって異なるとは思いますけれど。
東院の境内社についてはずいぶん見落としてしまいました。
お参りした時刻が遅かったことで ゆっくり巡れなかったのです。
これはもう一度お参りせねばなりません。
駐車場の目の前に香色山という山がありまして こちらにも寺社が多くありましたので あわせてこちらもお参りしたいところです。
次は・・・いつになることやら。
山号は屏風浦五岳山 院号は誕生院 宗旨宗派は真言宗善通寺派 寺格は総本山 ご本尊は薬師如来 創建年は(伝)大同2年(807年) 開基は佐伯善通です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌:我すまば よもきえはてじ善通寺 ふかきちかいの 法(のり)のともしび
でした。
由緒については
空海は讃岐国 現在の善通寺市の出身である。
『多度郡屏風浦善通寺之記』によれば 善通寺は空海の父で地元の豪族であった佐伯田公(さえきの たぎみ、諱:善通(よしみち))から土地の寄進を受け 大同2年(807年)に建立し始め 弘仁4年(813年)に落成したという。
空海の入唐中の師であった恵果が住していた長安の青龍寺を模して建立したといわれ 創建当初は 金堂・大塔・講堂など15の堂宇であったという。
寺号の善通寺は 父の名前である佐伯善通から採られ 山号の五岳山は 香色山(こうじきざん)・筆山(ひつざん)・我拝師山(がはいしざん)・中山(ちゅうざん)・火上山(かじょうざん)の5つの山の麓にあることから命名された。
本格的に興隆をむかえるのは鎌倉時代に入って 天皇や上皇からの庇護や荘園の寄進を受けてからである。
この保護の背景には 平安後期に広まった弘法大師信仰があり 誕生の地に伝わり空海の自筆とされる「瞬目(めひき)大師像への崇敬がある。
建長元年(1249年)道範のとき誕生院が建立され 東の伽藍 西の誕生院という現在の形式が出来上がった。
とありました。

駐車場からの参道 済世橋

正覚門

ビルマ戦没者慰霊塔

遍照閣

十二支石像

聖天堂

鐘楼

専修学院かな?

護摩堂

地蔵堂

閻魔堂

親鸞堂

内陣

親鸞上人ご尊像由来

御影堂

内陣は撮影禁止で この距離

廿日橋

仁王門



中門

五百羅漢

五百羅漢

金堂


金堂由緒


本尊石柱

釈迦堂


五重塔

楠の巨木


境内案内図

南大門

鐘楼

佐伯祖廟

交通安全祈祷殿

空海記念碑



大阪から四国へ青春18きっぷを使った日帰り寺社巡り金刀比羅宮さんの次はJR土讃線に乗って善通寺さんにお参りしてきました。

















善通寺さんの親鸞堂です。
このお堂に安置されている親鸞上人の尊像は「鎌田の御影」と称われ日本一体上人御自作の尊像です。
その由来は、上人六十二才の時、関東地方を遊化の砌、下総国鎌田荘(げんざいの千葉県市川市) に吉田五左衛門易幹という信者の家に留易して朝夕法談しておられた所上人帰洛に際し、上人自ら木像を刻誓いの一詩をその像の背中に刻み付け「讃岐善通寺は「弘法大師誕生の霊地にて我が師法然上人は彼の地に詣でて自ら逆修の塔を建て給えり、我も彼の寺へ詣でなんと思えど、その願いを果たさず、願わくは、この像を彼の寺に送り今生の願望を遂げしめよ」と遺命さられました。この後、吉田家にて大切に供養していたがしばしば悪夢に託して、早く善通寺へ送れよとの御告げがあり遂に三代の孫、吉田源次左衛門年幹なる者、この像を送り来り、当山に納められたのであります。
親鸞上人御尊像由緒書きより







真言宗善通寺派総本山 屏風浦五岳山誕生院 善通寺
四国八十八箇所霊場 第75番札所
弘法大師空海の御誕生所。
昨年12月にも参拝したばかりですが、縁あって二度目の参拝。
私が訪れたちょうど一週間後には弘法大師御誕生会が執り行われるようで、準備が着々と進められていました。
弘法大師様は、宝亀5年(774年)6月15日にここ善通寺でお生まれになり、御影堂が建つ善通寺西院は佐伯家の邸宅、御影堂の奥殿には御母・玉寄御前のお部屋があった場所とされています。
今回売店で八十八ヶ所写真入りの御影保存帳を見つけてしまい、思わず購入してしまいました。

今回は東門から失礼いたします

釈迦堂

釈迦堂前の仏足石

釈迦堂隣にはステージが設営されていました

五重塔

金堂(本堂)

五百羅漢

中門

廿日橋、仁王門



御影堂
今回も「戒壇めぐり」は時間の都合で断念・・・



勅使門

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