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楽しみ方白山神社のお参りの記録一覧(2ページ目)

『大人の修学旅行』Day3。
中尊寺の奥の方にある白山神社を参拝した。
小ぢんまりとした神社ではあるが、
大きな能舞台が目を引く。
国の重要文化財に指定されているとのこと。
本殿の横に授与所があり、
御朱印はここで頂ける。
巫女さんのさらさらっと流れるような筆。
流れが良過ぎて何と書いてあるのか判らないが、
過去の投稿から察するに、
『関山中尊寺 白山神社 能楽殿』と書かれているのだろうか?
中尊寺はなかなかに広く、
一通り見て回って2時間以上かかった。
想定よりも時間が押してしまったので、
若干急ぎ足で次の目的地へと向かった。






岩手県 世界遺産 平泉内に在る神社、紅葉時期に訪れるのが良いと思います、以前にも訪れましたが、何の神さまかも知らなかったので引用し調べて見ました、白山神社の祭神は、伊邪那岐尊(イザナギノミコト)・伊邪那美尊(イザナミノミコト)で、慈覚大師が加賀の一の宮(現在の石川県の白山本宮)より分霊されて一関磐井川の上流(現在の一関市本寺)にあったお社を平泉に遷座し奉り勧請したのがはじまりと言われてます。以後北方を鎮護する神として、また中尊寺が建立されてからは中尊寺の鎮守としても信仰されてきました。
白山神社そのものは白山信仰に関係があり、北陸の霊峰白山で修行をした修験者達によって全国に広められたと言われてるそうです、歴史的建造物、仏閣、神社巡り、パワースポット、世界遺産平泉観光、癒し処、参拝、散策、散歩絶景、景色撮影、御朱印集め等好きな方訪れて見て下さい。社務所に各種御守り、お札、御朱印販売してます、
















白山神社の祭神は、伊邪那岐尊(イザナギノミコト)・伊邪那美尊(イザナミノミコト)で、慈覚大師が加賀の一の宮(現在の石川県の白山本宮)より分霊されて一関磐井川の上流(現在の一関市本寺)にあったお社を平泉に遷座し奉り勧請したのがはじまりと言われてます。以後北方を鎮護する神として、また中尊寺が建立されてからは中尊寺の鎮守としても信仰されてきました。境内にある能舞台と鳥居は、嘉永6年(1853年)旧伊達藩主伊達慶邦公によって建立寄進されたもので、能舞台は橋掛、楽屋などを完備した構成の近世能舞台遺構としては東日本では唯一とされ、国の重要文化財に指定されています。



















前日伺った時は15時過ぎで社務所閉まっていたので朝からもう一度参拝してきました。
御由緒
白山神社は、仁明天皇の御代の嘉祥二年慈覚大師が一関磐井川の上流(現在の一関本寺)に加賀の一の宮(現在の石川県の白山本宮)より分霊されてあったのをこの関山に遷座し奉り勧請されたと言われております。勧請と同時に白山権現と号せられ慈覚大師自ら十一面観音を本尊として、その後配仏として季衡(清衡の子)の寺仏運慶作の正観音と源義経の持仏毘沙門天が寄進安置されていましたが、残念ながら嘉永二年正月八日の火災で焼失いたしました。仮宮の拝殿(現在の能楽殿)と鳥居は、嘉永六旧伊達藩主伊達慶邦公によって建立寄進されたものであります。能楽殿は橋掛・楽屋などを完備した構成の近世能舞台遺構としては東日本で唯一とされ、平成十五年五月・国の重要文化財に指定されました。能舞台の松と竹は、昭和二十二年能画の大家で今は亡き松野奏風先生の絵であります。能舞は、天正十九年、時の関白豊臣秀次と伊達政宗両公が社参の折に観覧に供し以来これを続行しています。明治九年には、明治天皇が御東巡の折に畏しこくも当社に御臨幸あらせられ、古式(田楽・関口・祝詞・若女・老女)能舞(竹生島)を天覧あらせられました。
なお社頭には、康元中の人で南宗坊という僧が手植えの古杉(姥杉)があって、木の香が伽羅のようであったため、柱香として後水尾天皇に奉献いたしましたところ、この名前を千歳となづけられ御製を賜りました。










白山神社は中尊寺鎮守のひとつで、境内の北方にある。
白山神社の神事能は、中尊寺一山の僧侶が伝習して行われた。
現存する白山神社能舞台は、嘉永2(1849)年の消失後、同6(1853)年に竣工したものである。
舞台及び楽屋は東西に長い入母屋造、茅葺で、西半を舞台、東半を楽屋とする。
この北面につく橋掛りは両下造、鉄板葺の建物で、北東に延び、社殿側にある鏡の間に接続する。
鏡の間は、西面は入母屋造、東面は寄棟造の茅葺である。
白山神社能舞台は、正統的かつ本格的な規模と形式の舞台をはじめ、橋掛、鏡の間、楽屋からなり、完備した構成の近世能舞台遺構としては東日本で唯一と言え、高い価値がある。
15時過ぎでしたが社務所閉まっていて御朱印はもらえませんでした。

















中尊寺に白山神社
石川県の加賀國一之宮 白山比咩神社より
中尊寺守護の為
勧請したそうです。
東北に菊理媛…
石川県に先に行った事が
白山比咩神社だけでなく
能登の珠洲市の
須須神社(源 義経伝説あり)に行った事も
今思えばすべて繋がっていたんだと
思いました。



能楽殿




白山信仰は昔々どれほどの影響力を
持っていたのか…
まさに正神の一柱である事の足跡が
東北に残っているのではないでしょうか。。。

中尊寺に行って良かったです。

岩手県南一関地方で新型コロナから地域を守っているという噂の「世界遺産・中尊寺周辺にある『六芒星(ろくぼうせい)』の結界巡り(その1)、中尊寺の奥に鎮座する「白山神社」です。
神社の手前に、国指定重要文化財の野外能楽殿があり、興味を惹かれるのですが建物には入れません。
そして能楽殿を眺める間もなく神社が見えて来ます。
こじんまりとした神社ですが、かなり古い歴史があります。この光景を明治天皇も御覧になられたそうです。
過去に何度か足を運びましたが、御朱印をいただいたのは今回初めて。ありがとうございました。
【補足】
岩手一関の六芒星を、陰陽五行説で万物の基を成すとされる要素「木火土金水(もっかどごんすい)」になぞらえると「金」に当たる。世界遺産・中尊寺の敷地内の最奥部に立つ。
850年、慈覚大師が開いたとされる。奥州を治めた安倍氏らと朝廷軍の源氏が争った前九年の役、後三年の役を経て、藤原清衡が中尊寺金色堂を建立するより270年以上も前。安倍氏の拠点で、前九年の役の激戦地だった衣川柵跡を北側に見下ろせるため、軍事的役割もあったと推測される。

初めての御朱印です。

能楽殿の看板が目立ちます。

能楽殿。舞台からの景色を見てみたいです。

こじんまりしていますが、古い歴史があります。

「新型コロナ退散」を祈願しました。

フムフム。


六芒星の配置図。
全部廻ります。

中尊寺の一番奥です(*^^*)
伊達藩が植樹したそうです。
とにかく木がみんな元気(*´∀`*)

吸い込まれるような感じの鳥居です


神楽殿

色は多分当時のままだと思います✨

明治天皇も能を御覧になられたようです

拝殿

扁額

本殿

御朱印

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