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いたてひょうずじんじゃ

射楯兵主神社のお参りの記録一覧
兵庫県 京口駅

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惣一郎
惣一郎
2022年06月04日(土)1269投稿

【播磨國 式内社巡り】

射楯兵主神社(いたて・ひょうず~)は兵庫県姫路市総社本町にある神社。式内社で、播磨国総社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は射楯大神(五十猛神)、兵主大神(大国主神)。特殊大祭礼の、60年に一度の「一ツ山大祭」、20年に一度の「三ツ山大祭」が有名。

社伝によると、創建は欽明天皇の御代564年に兵主大神を飾磨郡伊和里水尾山(姫路市山野井町、現・水尾神社)に祀ったのが始まり。のちに飾磨郡因達里に祀られていた射楯大神を合祀。平安時代に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「播磨國 飾磨郡 射楯兵主神社二座 小」に比定されている。1181年には播磨國16郡74座の大小明神社を合祀し、「播磨國総社」、「府中社」と称した。安土桃山時代の1581年に羽柴秀吉の姫路城築城に伴い現在地に遷座した。江戸時代には歴代姫路城主から鎮護の社として崇敬され、1607年に池田輝政が太鼓橋を、1624年に本多忠政は総社総神殿玉垣を、1652年に榊原忠次が大鳥居をそれぞれ寄進した。明治時代に入り、近代社格制度のもと県社に列格した。1945年に米軍の姫路空襲により社殿を焼失したが戦後まもなく再建した。なお、伊勢神宮と強いつながりから、2016年の神宮の式年遷宮時に古い神宝のうち4点(革御靭・銅黒造の御太刀・梓御弓・御楯)を譲渡されている。

当社は、JR山陽本線・山陽新幹線・姫路駅の北北東1kmの平地の市街地にある。姫路城にほぼ隣接していて、その南東すぐの場所にある。秀吉による遷座以降400年経つが、ずっと姫路城下の一等地であったためか、現在の境内の広さはそこそこの広さ。古木は見当たらないが、境内社のエリアは緑が濃くなっている。特徴としては、総社だけあって、播磨國内の主要神社をはじめ、いろんな種類の境内社が集められていること。社殿東側の境内社が集まっているエリアは、木々の中に境内社が立ち並び、それらを繋ぐ小道が巡らせてあるので、廻っていてなかなか楽しい。

今回は、播磨國の式内社、播磨國総社、兵庫県の旧県社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中早めの時間で、自分以外にもぱらぱらと参拝者を見掛けた。

射楯兵主神社の鳥居

参道南端にある<鳥居>と<社号標>。

射楯兵主神社の鳥居

公道上に建つ<鳥居>。まっすぐ先に<神門>が見える。

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きどっち
きどっち
2021年08月05日(木)1515投稿

★大量の写真で申し訳ありません★

欽明天皇25年(564年)に、兵主大神を播磨群伊和里水尾山にお祀りしたことが始まりとのこと。
また奈良時代に、播磨群因達里に射楯大神がお祀りされていたようで、『延喜式神名帳』に「射楯兵主神社二座」とあることから、平安時代には二柱が一緒に祀られていたようです。

射楯大神(五十猛神)
 素戔嗚尊の御子神で、全国に樹木を植え、日本を緑豊かな国にされた神様。

兵主大神(大国主神)
 縁結びの神様。
 少彦名神と一緒に様々な産業の発展をはじめ、医薬の開発に取り組まれた。

一ツ山大祭、三ツ山大祭というものがあり、一ツ山大祭は60年に一度,三ツ山大祭は20年に一度行われるそうです。
一ツ山大祭は天津神・国津神を祀る天神地祇祭、三ツ山大祭はその臨時祭として行われるそうで、前回の三ツ山大祭は2013年に行われたようです。

御朱印の右上「奉拝」の部分がミミズクの形になっています!

姫路城に観光でお越しになる際は、姫路護国神社とこの射楯兵主神社にもぜひ参拝されることをお勧めします。

姫路市総社本町190

射楯兵主神社のその他建物

神門横にずらっとならんだ提灯

観光用人力車がちょうど通りかかり、
お客様を連れて参拝されている間に
写真を撮らせていただきました

射楯兵主神社の狛犬

総社御門のミミズク

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