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えんぎょうじ|天台宗書写山

圓教寺のお参りの記録一覧
兵庫県 余部駅

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惣一郎
惣一郎
2022年06月10日(金)1269投稿

【西国三十三所巡り(16/33)】

圓教寺(円教寺:えんぎょうじ)は、兵庫県姫路市書写にある天台宗の別格本山の寺院。山号は書寫山(書写山)。本尊は如意輪観世音菩薩(摩尼殿(本堂)安置)。西国三十三所27番札所。西国三十三所のうち最大規模の寺院で、その寺格の高さから「西の比叡山」とも呼ばれ、中世には比叡山、大山とともに天台宗の三大道場と称された巨刹。大講堂、鐘楼、金剛堂、食堂、常行堂、奥之院(開山堂、護法堂2棟、護法堂拝殿)、十妙院(客殿及び庫裏、唐門)、寿量院、木造釈迦如来及び両脇侍像(大講堂安置)、木造四天王立像(摩尼殿安置)、木造阿弥陀如来坐像(常行堂本尊)、木造性空坐像(開山堂安置)が国指定の重要文化財。境内は国の史跡。

寺伝によると、平安時代中期966年に、性空が書写山に庵を結んだのが始まり。庵の近くの桜の老木に、生木のままで如意輪観音像を彫り本尊としたという。986年に性空を尊崇していた花山法皇が来山し、圓教寺の勅号を与え、米100石を寄進、性空はこの寄進をもとに講堂を建立したとされる。この後、後白河法皇や後醍醐天皇など多くの皇族が行幸し、勅願により建物の改築、建立を行っている。皇族以外でも、中宮従者であった和泉式部が帰依して歌を残したり、武蔵坊弁慶が一時期書写山で修行をしたり(史実の確証なし)、一遍、一向俊聖、国阿らの時宗聖が参詣したことでも知られる。戦国時代の1578年、織田信長に中国地方征伐を命じられた羽柴秀吉が、播磨制圧のために当寺に乱入し、摩尼殿の本尊である如意輪観音像などを近江・長浜に持ち帰ったが、1580年に如意輪観音像だけが戻された。

当寺は、JR山陽本線・山陽新幹線・姫路駅の北北東7kmの書写山(標高371m)にあり、境内の広さは36万㎡(東京ドーム8個分)に及ぶ。書写山南麓からケーブルカーに乗り4分ほどで到着する寺域は、仁王門から十妙院にかけての「東谷」、摩尼殿(観音堂)を中心とした「中谷」、3つの堂(三之堂)や奥之院のある「西谷」に区分される。全山で三十数棟の建物が散在しており、その中には国指定の重要文化財も多く、ゆっくり見て廻ると半日以上は優にかかる。山内はアップダウンが多く、その多くが木々に覆われており、森林浴やハイキングの目的でも良いかも。

今回は、西国三十三所札所、天台宗の別格本山、大講堂等が国指定の重要文化財であることから参拝することに。参拝時は休日の昼前後で、天気が良いこともあり、かなり多くの参拝者・観光客が訪れていた。

圓教寺の景色

書写山ロープウェイに乗って、山麓駅から山上駅まで4分間の空中遊覧。
いきなり観光モード全開。(o^―^o)

圓教寺のその他建物

山上駅から出たところの眺め。天台宗の<一隅を照らす>石碑。最澄の『山家学生式』で説いた一文。ここから東谷エリアのスタート。

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