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しんにょいん|高野山真言宗成田山

真如院
北海道 留萌駅

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おがまん@小笠原章仁
おがまん@小笠原章仁
2022年10月05日(水)1431投稿

羽幌町には北海道八十八ヶ所霊場第15番札所である成田山真如院があります。
羽幌神社から真如院へと向かいました。

真如院の境内に車を置いて本堂に向かいました。

本堂の玄関には御朱印などが用意されていました。
貼り紙を見ると、「本堂内でお参りをする際は必ずマスクを着用してください」と書かれており、マスクをつけていれば本堂に上がってお参りをできるようです。
しかしながら予定がちょっと押していることもあり、本堂にはあがりませんでした。

納経料を納めて御朱印をいただき、ふと気がつきました。
たしかこちらは北海道八十八ヶ所の札所だけで、他の霊場の札所にはなっていなかったはずだけど……でも御朱印は2種類置いてあります。
壁を見ると、北海道三十六不動尊霊場番外第2番札所と書かれています。

たしか番外第2番札所は休札所だったはず。
そう思って霊場会のホームページを見ると、お知らせには当面休札所とすると書かれています。
ところが発心の道場の一覧を見ると、番外第2番は真如院になっていました。
いつの間にか、札所となっていたようです。
2種類の御朱印を拝受しました。

真如院を後にしてから気づいたのですが、札所の変更があったなら納経帳の差替えのページもあったのではないかと思いました。
でもそのようなものは見かけなかったような気もしますし、もしかすると札所に加わったばかりでまだ用意されていないのかなと思ったりしつつ、2巡目でお伺いすることがあればその時に確認することにしました。

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歴史

明治33年高野山羽幌村説教所を開設。
本尊は、高野山から招来した不動明王。
明治44年弘法大師が高野山から入仏(にゅうぶつ)。
大正7年第4代高山清厳住職の時、寺号公称(じごうこうしょう)により成田山真如院として認証。 大正14年秋から現本堂建設を開始、昭和2年秋に完成。建設費は、七千二百円。
昭和元年8月第5代古川真詮住職の時、大日如来、如意輪(にょいりん)観世音菩薩が入仏、同時に本堂落慶(らっけい)法要を行った。
古川師が病で大阪市に帰郷した後、昭和4年第六代真鍋快厳師が広尾町の地蔵寺から後任住職に就任したが昭和20年1月に逝去した。
高山清法師は、高野山専修学院を修了し
昭和17年中国大同市に宝壽院(ほうじゅいん)を開教したが戦争に遭遇し現地召集。
妻厚子は、剃髪得導(ていはつとくどう)し真言宗僧侶となり
住職の資格を取得して住職無き、空き寺を守った。
終戦後モンゴルに2年間抑留された清法師は日本に帰還、昭和23年1月北海道羽幌町に渡り第七代住職に就任した。
清法師は、断食など行に励み密教の法力(ほうりき)を身につけ様々な加持祈祷(かじきとう)を行い庶民の救済のためのお寺を作った。
昭和56年製紙会社に勤めていた高山誓英師は、同年2月清法師が急逝したため、お寺に帰り高野山で修行し住職資格を取得して同年7月第8代住職として就任。 誓英師は、徳島県での一流伝授や広島県宮島彌山(みせん)で求聞持法50日を修して密教の法力を身につけ、
加持祈祷によりお寺の運営を行っている。
(真如院公式HPから引用)

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真如院の基本情報

名称真如院
読み方しんにょいん
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きなし
御朱印の郵送対応なし
電話番号0164-62-2379

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://www.naritasan.org/
おみくじあり
お守りあり

巡礼の詳細情報

詳細情報

ご本尊《寺院本尊》不動明王
《霊場本尊》薬師如来
山号成田山
宗旨・宗派高野山真言宗
創建時代1900年(明治33年)
ご由緒

明治33年高野山羽幌村説教所を開設。
本尊は、高野山から招来した不動明王。
明治44年弘法大師が高野山から入仏(にゅうぶつ)。
大正7年第4代高山清厳住職の時、寺号公称(じごうこうしょう)により成田山真如院として認証。 大正14年秋から現本堂建設を開始、昭和2年秋に完成。建設費は、七千二百円。
昭和元年8月第5代古川真詮住職の時、大日如来、如意輪(にょいりん)観世音菩薩が入仏、同時に本堂落慶(らっけい)法要を行った。
古川師が病で大阪市に帰郷した後、昭和4年第六代真鍋快厳師が広尾町の地蔵寺から後任住職に就任したが昭和20年1月に逝去した。
高山清法師は、高野山専修学院を修了し
昭和17年中国大同市に宝壽院(ほうじゅいん)を開教したが戦争に遭遇し現地召集。
妻厚子は、剃髪得導(ていはつとくどう)し真言宗僧侶となり
住職の資格を取得して住職無き、空き寺を守った。
終戦後モンゴルに2年間抑留された清法師は日本に帰還、昭和23年1月北海道羽幌町に渡り第七代住職に就任した。
清法師は、断食など行に励み密教の法力(ほうりき)を身につけ様々な加持祈祷(かじきとう)を行い庶民の救済のためのお寺を作った。
昭和56年製紙会社に勤めていた高山誓英師は、同年2月清法師が急逝したため、お寺に帰り高野山で修行し住職資格を取得して同年7月第8代住職として就任。 誓英師は、徳島県での一流伝授や広島県宮島彌山(みせん)で求聞持法50日を修して密教の法力を身につけ、
加持祈祷によりお寺の運営を行っている。
(真如院公式HPから引用)

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