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楽しみ方美濃國一宮 南宮大社のお参りの記録一覧
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岐阜県垂井町にある神社です。岐阜ツアーでお参りしました。
こちら 美濃の国の一宮ですので それはそれは見事な神社でした。
駐車場に車を停め 正面からお参りしようと思ったところ 楼門前の橋の修理中だったようで 東門(北門かも)から境内に入りました。
朱色がきれいな社殿で 境内摂社が複数あります。
私の知っているところで言うと 賀茂御祖神社・賀茂別雷神社・春日大社のような感じでした。
境内には雅楽の音楽が流れていて 厳かな雰囲気で満たされていました。
参拝者は少なくなかったのですが 静かにお参りできました。
社務所で御朱印をお願いしたところ 本殿裏手の山の中にも摂社があると教えていただきましたので 御朱印待ちの間にお参りしました。
距離はさほどないのですが 立派な建物の摂社がいくつかありました。
境外摂社もあったのですが 雨が降り出しそうだったので お参りは諦めました。
お参りを終え 雨がぽつぽつ振り出したので 駐車場へ急いでいたところ 「すみませーん」と呼ばれる声が聞こえました。
後ろから巫女さんが走って追いかけてきたのです。
大失態 御朱印をお預けした時の札を返却し忘れていたのです。
申し訳ないと謝りつつ 巫女さんに走って追いかけられることなどそうそうないと 少し幸せを感じてしまった私 不謹慎な奴です。
南宮大社は 「国府の南に位置する宮」として「南宮」を名乗るようになったとされます。
鉱山を司どる神である金山彦命を祭神としており 全国の鉱山・金属業の総本宮として古くから信仰を集めています。
境内には江戸時代の遺構18棟が残っており 国の重要文化財に指定されています。
式年遷宮は51年毎に行われます。






美濃国一宮。
神武天皇の東征の際に府中に祀られ、崇神天皇の代(B.C.97年~B.C.29年)現在地に遷ったと伝わる。
国府の南に位置することから南宮大社と称するようになった。
1600年関ヶ原の戦いの兵火で焼失したが、西美濃出身の春日局(徳川家光の乳母)や竹中伊豆守の崇敬もあり1642年徳川家光により再建された。
明治の神仏分離で神宮寺が真禅院として分離し、三重塔が移築された。
江戸時代再建の本殿、幣殿、拝殿、回廊、勅使殿、高舞殿、楼門、神輿舎、神官廊、摂社樹下神社本殿、摂社高山神社本殿、摂社隼人神社本殿、摂社南大神神社本殿、摂社七王子神社本殿、石輪橋、下向橋、石鳥居が重文指定されている。
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