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砥鹿神社(里宮)ではいただけません
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とがじんじゃ(さとみや)

砥鹿神社(里宮)
愛知県 三河一宮駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
あり
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
あり

普通サイズ(11×16)、普通(ポケット式)、寺社オリジナル

パーキング
駐車場
あり

あり 広い

砥鹿神社(里宮)について

縁結びの神さまの霊がとどまる山の麓に建つ神社


縁結びの神様として知られる大己貴命(おおなむちのみこと)の霊がとどまるといわれる本宮山の麓にあります。本宮山の山中に、奥宮があります。
国土を開拓し諸国をめぐられ、但馬国朝来郡赤淵宮(兵庫県・赤淵神社)にお移りになって、さらに三河国(現在の愛知県東部)に向かわれた。(『但馬国続風土記』)
社伝によれば、大己貴命(おおなむちのみこと)はその後、「本茂山(もとしげやま)」(本宮山)にとどまって、この山をながく神霊をとどめておく所「止所(とが)の地」とされたことが、砥鹿神社のおこりです。

東海で唯一!健脚の守り神「荒羽々気神社(あらはばきじんじゃ)」


里宮境内には、昔から足の願掛けとして崇敬されている「荒羽々気神社(あらはばきじんじゃ)」があります。例祭は10月14日。御祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)の荒魂です。

ポケット型の御朱印帳(2種類)は一つ500円です。

歴史

昔、大己貴命(おおなむちのみこと)が国土を開拓し諸国をめぐられ、但馬国朝来郡赤淵宮(兵庫県・赤淵神社)にお移りになって、さらに三河国(現在の愛知県東部)に向かわれた。(『但馬国続風土記』)

社伝によれば、大己貴命(おおなむちのみこと)はその後、「本茂山(もとしげやま)」(本宮山)にとどまって、この山をながく神霊をとどめておく所「止所(とが)の地」とされたことが、砥鹿神社の起こりです。

里宮の起源は、次のように伝わっています。

大宝年間(701〜704年)、文武天皇の病を鎮めるために、勅使が「煙巌山」に派遣されました。山中で道に迷っていたところ、老翁の導きによって無事祈願を果たし、天皇の病も平癒されました。

天皇はこの老翁に礼を尽くすため再び勅使を派遣し、「本茂山」で老翁と再会します。老翁の望みにより、麓に宮を定めることとなりました。

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砥鹿神社(里宮)の基本情報

住所愛知県豊川市一宮町西垣内2
行き方

東名高速道路「豊川インターチェンジ」より、新城方面に車で約5分。
JR飯田線「三河一宮駅」下車徒歩約5分

アクセスを詳しく見る
名称砥鹿神社(里宮)
読み方とがじんじゃ(さとみや)
通称三河国一宮
参拝時間

8:30-16:30

参拝にかかる時間

約20分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印あり
御朱印帳あり
電話番号0533-93-2001
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.togajinja.or.jp/
おみくじあり
絵馬あり
SNS

巡礼の詳細情報

日本全国の一宮まとめ

詳細情報

ご祭神大己貴命(おおなむちのみこと)
ご神体本宮山
創建時代大宝年中(701~704年)
ご由緒

昔、大己貴命(おおなむちのみこと)が国土を開拓し諸国をめぐられ、但馬国朝来郡赤淵宮(兵庫県・赤淵神社)にお移りになって、さらに三河国(現在の愛知県東部)に向かわれた。(『但馬国続風土記』)<br>
社伝によれば、大己貴命(おおなむちのみこと)はその後、「本茂山(もとしげやま)」(本宮山)にとどまって、この山をながく神霊をとどめておく所「止所(とが)の地」とされたことが、砥鹿神社の起こりです。<br>
里宮の起源は、次のように伝わっています。<br>
大宝年間(701〜704年)、文武天皇の病を鎮めるために、勅使が「煙巌山」に派遣されました。山中で道に迷っていたところ、老翁の導きによって無事祈願を果たし、天皇の病も平癒されました。<br>
天皇はこの老翁に礼を尽くすため再び勅使を派遣し、「本茂山」で老翁と再会します。老翁の望みにより、麓に宮を定めることとなりました。

体験祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬結婚式七五三御朱印お守り祭り一の宮伝説

Wikipediaからの引用

概要
砥鹿神社(とがじんじゃ)は、愛知県豊川市にある神社。式内小社、三河国一宮。旧社格は国幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。東海地方の総鎮守として崇敬される。 本宮山(豊川市・岡崎市・新城市の境、海抜789メートル)の山頂に奥宮(豊川市上長山町本宮下)、山麓に里宮(豊川市一宮町西垣内)が鎮座する。
歴史
歴史[編集] 創建[編集] 社記(天正2年(1574年)の「三河国一宮砥鹿大菩薩御縁起」)では、大宝年間(701年-704年)に文武天皇の時に天皇の病を鎮めるための勅使として草鹿砥公宣(くさかどのきんのぶ)が派遣され、本茂山(本宮山)の神を迎えて里宮が創建されたとする[1][2]。 現在も砥鹿神社奥宮が鎮座する本宮山は東三河地方では中心的な孤峰であり、山中には磐座、山麓には古墳群の分布が知られることから、古代から山自体を御神体として信仰する山岳信仰の対象であったと考えられている[2]。また上記伝承に見える草鹿砥氏は砥鹿神社の旧社家で、同氏は穂別の後裔と伝えることから、かつて当地一帯を治...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通アクセス[編集] 里宮まで 鉄道:JR飯田線 三河一宮駅 より徒歩で約5分。 バス:豊鉄バス「砥鹿神社前」バス停下車、徒歩で約2分。 奥宮まで 車:東名高速道路・豊川ICから国道151号を新城方面へ向かい、国道301号に入り作手方面へ向かうと「本宮山スカイライン」に接続する。 徒歩:本宮山山麓より登山道を利用。
引用元情報砥鹿神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%A0%A5%E9%B9%BF%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=101539457
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