なごやとうしょうぐう
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楽しみ方名古屋東照宮のお参りの記録一覧
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那古野神社と東照宮はお隣同士ですが、2社の南側を東西にわたる参道は東側に那古野神社の鳥居、西側には東照宮の鳥居があります。2社の間には鳥居がなく那古野神社お参り後に直接伺うと名古屋東照宮の鳥居にご挨拶できません。一度西へ抜けて、東照宮の青銅の鳥居前で礼をしくぐりました。
名古屋中心部でビルが周りに多いため、夕方に訪れましたが西日は当たらず日陰になって涼しく感じました。
通常の見開き御朱印のほか、紙で授与される冬の御朱印と山車を描いた檜の御朱印2種をいただきました。
徳川家康公を東照大権現としてお祀りする神社。中でも御三家である尾張なのでお参りしたいと思っていました。
尾張徳川家の初代義直公が名古屋城内に開いた当時の社殿は当地に移築後、空襲でなくなりました。
現在の本殿は戦後に、1651年に造られた義直公の正室の霊廟を移築し本殿としたとのこと。東照宮が徳川家の霊を奉る神社なので、ゆかりの建物を別の用途に再利用することがあるのだなと思いました。


(全国東照宮)
尾張徳川家のお膝元、東照宮にお参りしました。
東照宮って、日光のように派手派手なものを想像していましたが、想像以上に地味です。
尾張藩初代藩主徳川義直が、父徳川家康の三回忌である1618年に大祭を行い、翌1619年、名古屋城三の丸に鎮座する亀尾天王社(現那古野神社)の西隣に東照宮を勧請し、家康の神像を祀ったのが創祀。三之丸東照宮とも呼ばれていました。
創建当時の境内は3,600坪もあったといい、本殿は権現造で楼門、唐門、渡殿、祭文殿等があり、東照宮としては当時最も豪華であったといわれ、社殿などには極彩色がほどこされた華麗なものでした。
禰宜様にお伺いすると、年月が経ち、極彩色が褪せてしまいましたが、寄進が集まらず、修復ができないのだとおっしゃっていました。
往時の極彩色が復活するといいですね。





地下鉄を乗り継ぎ、お次は「名古屋東照宮」へ。
主祭神は、もちろん徳川家康公。
静かな雰囲気の神社です。

御朱印は、名古屋東照宮と末社福神社が一緒に?なったもの。
通常の御朱印帳よりも見開きの御朱印帳に書いてもらった方がいいかも・・・と思い、
見開きに書いてもらいました。

名古屋祭りの起源、東照宮祭に曳出されたからくり山車を御用材のヒノキ香る桧皮に描画し
特別に誂えたという限定御朱印

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