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願成寺について
越前三位平通盛と夫人・小宰相局の供養塔
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願成寺は神戸市兵庫区にあるお寺です。
私がちょうどこちらに訪れる・・・の30秒前に こちらに入っていくご家族がいらっしゃいました。
山門の写真を撮っておられたり掲示板を見ていたり お寺の方ではないです。
参拝者がいらっしゃるんだぁと思いながら山門前まで来ました。
山門が開いているのは 先に入ったご家族がおられるので確認済みですね。
なるほど町中のお寺にしては大きく 石柱も2つありました。
一つは寺号のものですが もう一つには信州善光寺分身如来霊場と書かれています。
どこだったかなぁ。京都市内でも信州善光寺分身如来霊場があった気がします。
ありがたく境内に入らせていただきました。
先ほどのご家族はいらっしゃいませんでした。
どうやら裏手にある墓所に向かわれたようです。
立派な本堂ですが 檀信徒の方以外の入場お断りの看板がありましたので 本堂前で合掌し写真を撮らせていただきました。
本堂横に現代の建物があり これが庫裡のようです。
ですが お断りがあるので遠慮させていただきました。
境内にはお地蔵様が並んでいました。
ネット情報です。
参拝された方がパンフレットから縁起を載せてくださっていました。
縁起(パンフレットより)
願成寺はその昔 烏原(からすばら)村の住蓮坂の下 現在の烏原貯水池のほとりに建てられ 上野山(じょうやさん)と呼ばれていました。
天平年間(729~749)に 諸国を行脚していた僧 行基により この地に聖徳太子の作といわれる観音立像菩薩が安置され 以後この寺を人々は観音寺と呼ぶようになりました。
しかし やがて寺は衰退の道を辿ることになります。
時は平家の栄華を見る頃 住蓮坊(じゅうれんぼう)という法然上人の弟子のひとりがこの地を訪れ 佛を安置されます。
それにより見事に復興された寺は「願成寺」と称され 平清盛が京都五山に因んで 福原五山の二番に位置づけます。
そして源平の興亡の歴史を見つめ 時代を重ねること九百余年 寛永年間には火災による焼失にも遭いながら 明治37年 現在の兵庫区松本通へと移転します。
太平洋戦争での神戸大空襲を生き残り また1995年の阪神・淡路大震災の被害も乗り越えて 二十一世紀の今 願成寺は今日も歩み続けています。

平通盛と小宰相局の供養塔がある「願成寺」
湊川公園駅より西側、楠高校の裏にある信号がある比較的広い通り沿い。周囲は寺が多い。隣は酒屋。
駐車場、山門の横かなぁ?わからん
山門の両サイドに石標。山門潜って正面奥に本堂、左手がお墓ゾーン。右手に寺務所にあたると思う家。
お墓ゾーンの奥の方に比翼塚という平通盛と小宰相局の供養塔がある。寺務所っぽいところに看板があるもののちょっとわかりにくい。
平通盛は、平教盛(清盛の四弟)の長男。一ノ谷の合戦で佐々木俊綱に討たれる。
小宰相は、上西門院の女房でめっちゃ美人で平通盛の側室。『平家物語』に二人の悲話が描かれている。『平家物語』第九「小宰相身投」参照。
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|願成寺の情報
| 住所 | 兵庫県神戸市兵庫区松本通2-4-11 |
|---|---|
| 行き方 | 神戸市営地下鉄「湊川公園駅」神戸電鉄「湊川駅」より徒歩5分
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願成寺の基本情報
| 名称 | 願成寺 |
|---|---|
| 読み方 | がんじょうじ |
| 参拝料 | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 078-511-2788 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://ganjoji-kobe.com |
巡礼の詳細情報
| 福原西国三十三観音霊場 第15番 | ご本尊・ご祭神:阿弥陀如来・聖観世音菩薩 御詠歌: 後の世も 願ひのままに なる梅の 花咲く寺に 歩み運ばん |
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