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願成寺のお参りの記録(1回目)
兵庫県上沢駅

投稿日:2026年04月14日(火) 21時22分48秒
参拝:2026年4月吉日
1
願成寺は神戸市兵庫区にあるお寺です。
私がちょうどこちらに訪れる・・・の30秒前に こちらに入っていくご家族がいらっしゃいました。
山門の写真を撮っておられたり掲示板を見ていたり お寺の方ではないです。
参拝者がいらっしゃるんだぁと思いながら山門前まで来ました。
山門が開いているのは 先に入ったご家族がおられるので確認済みですね。
なるほど町中のお寺にしては大きく 石柱も2つありました。
一つは寺号のものですが もう一つには信州善光寺分身如来霊場と書かれています。
どこだったかなぁ。京都市内でも信州善光寺分身如来霊場があった気がします。
ありがたく境内に入らせていただきました。
先ほどのご家族はいらっしゃいませんでした。
どうやら裏手にある墓所に向かわれたようです。
立派な本堂ですが 檀信徒の方以外の入場お断りの看板がありましたので 本堂前で合掌し写真を撮らせていただきました。
本堂横に現代の建物があり これが庫裡のようです。
ですが お断りがあるので遠慮させていただきました。
境内にはお地蔵様が並んでいました。

ネット情報です。
参拝された方がパンフレットから縁起を載せてくださっていました。
縁起(パンフレットより)
願成寺はその昔 烏原(からすばら)村の住蓮坂の下 現在の烏原貯水池のほとりに建てられ 上野山(じょうやさん)と呼ばれていました。
天平年間(729~749)に 諸国を行脚していた僧 行基により この地に聖徳太子の作といわれる観音立像菩薩が安置され 以後この寺を人々は観音寺と呼ぶようになりました。
しかし やがて寺は衰退の道を辿ることになります。
時は平家の栄華を見る頃 住蓮坊(じゅうれんぼう)という法然上人の弟子のひとりがこの地を訪れ 佛を安置されます。
それにより見事に復興された寺は「願成寺」と称され 平清盛が京都五山に因んで 福原五山の二番に位置づけます。
そして源平の興亡の歴史を見つめ 時代を重ねること九百余年 寛永年間には火災による焼失にも遭いながら 明治37年 現在の兵庫区松本通へと移転します。
太平洋戦争での神戸大空襲を生き残り また1995年の阪神・淡路大震災の被害も乗り越えて 二十一世紀の今 願成寺は今日も歩み続けています。
願成寺(兵庫県)
本堂の屋根が急こう配
願成寺(兵庫県)
寺号の石柱
願成寺(兵庫県)
信州善光寺分身如来霊場
願成寺(兵庫県)
山門は開いていました
願成寺(兵庫県)
本堂
願成寺(兵庫県)
お地蔵様
願成寺(兵庫県)
外観

すてき

みんなのコメント1件)

soo_cyansoo_cyanホトカミサポーター

きよせんさん、こんばんは😊
善光寺分身如来は五条の新善光寺(まんま)ですね。せっかくの善光寺如来なのに拝めないのは残念ですねぇ・・・😥住蓮坊といえば哲学の道にある安楽寺のあの悲劇のお二人の片割れですね・・・。山門が開いているので行けそうな気もしますが・・・😅

2026年04月15日(水) 01時13分23秒
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