じょうあんじ|浄土宗|国穏山
浄安寺京都府 大久保駅
9時~17時
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楽しみ方


浄安寺さまに参拝致しました。
残暑厳しい暑さの中参拝。ご住職さまにご本尊さまにお参りは出来ますでしょうか?とお尋ねをしますと、今開けますからどうぞ、とのお返事。
施錠されておられた本堂の鍵を開けて、本堂内に上げてくださいました。
お寺の御由緒を、ご住職さま自ら丁寧に丁寧にお話下さり、それはそれは有難い、貴重な時間を頂きました。🙇🏻♀️🙏🏻
頭の悪い私は覚えきれなくて、大変勿体ないことですが、中でも印象に残っているお話は、
御本尊さまの阿弥陀如来さまは坐像ではなく立像で、右と左の足のどちらか(どっちか忘れてしまいました😓)が、半歩程前に出ておられるのだそうです。しかも、蓮華の台座は一つだけでなく、それぞれの脚に一つずつあるそうです。
病に苦しんだり、悩んだり、哀しみに暮れていたり、救いを求めている私達衆生の元へ、いち早く駆けつけ救わんが為に、坐像であれば立ち上がる所作、手間がかかるので、いつも、いつでも馳せ参じることができるよう、立ち姿で、尚且つ、半歩脚を前に出して、ご準備くださっているというお話でした。
有難いことですね。
美しい阿弥陀如来さまでございました。😊🙏🏻
浄安寺の沿革
浄安寺は、後冷泉天皇の天喜元年(一〇五三)に浄福寺と称して建立され、仁海僧正に御詔と寺領一千坪を賜った。
天正元年(一五七三)に、玄誉徹公上人が、宇治の平等院よりこの神宮司寺浄福寺に転住して、堂宇を再建し、浄土宗・国穏山快楽院・浄安寺と改称した。
写真コメント以外の説明は、浄安寺さまより頂いた資料より抜粋させて頂きました。
随時更新します。
本堂内 寺号 浄安寺
鳥文字、と仰ったと思います。
文字が鳥の形を表している、とのこと。
阿弥陀如来立像 伝安阿弥(快慶)作
いつでも駆けつけて、私達を救おうという体勢で居てくださっています。🙏🏻
脇侍は観音、勢至二菩薩(作者不詳)
脇侍の仏さまも、阿弥陀如来さま同様に、少し腰を前屈みにして、駆けつける体勢でいらしてくださっています。
感謝😊🙏🏻
椿寺として知られる浄安寺は、平安時代の天喜元年(1053)に、仁海(にんがい)僧正によって創建された浄福寺が前身です。浄福寺は天治元年(1124)に椏本八幡宮(あてもとはちまんぐう、雙栗〈さぐり〉神社の別名)の神宮寺となり、元弘元年(1331)には勅願寺になったそう。天正元年(1573)に、平等院の玄誉上人が中興。正親親王により、浄安寺の寺号と勅額を賜ったと伝わっています。
| 住所 | 京都府久世郡久御山町字佐山双置80 |
|---|---|
| 行き方 | 近鉄京都線「大久保」駅から京都京阪バスで「佐山」下車、徒歩2分
|
| 名称 | 浄安寺 |
|---|---|
| 読み方 | じょうあんじ |
| 通称 | 椿寺 |
| 参拝時間 | 9時~17時 |
| 参拝料 | なし |
| 電話番号 | 0774-41-6036 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご本尊 | 阿弥陀如来立像 |
|---|---|
| 山号 | 国穏山 |
| 院号 | 快楽院 |
| 宗旨・宗派 | 浄土宗 |
| 創建時代 | 天喜元(1053)年に浄福寺と称して建立 |
| 開山・開基 | 仁海 |
| ご由緒 | 椿寺として知られる浄安寺は、平安時代の天喜元年(1053)に、仁海(にんがい)僧正によって創建された浄福寺が前身です。浄福寺は天治元年(1124)に椏本八幡宮(あてもとはちまんぐう、雙栗〈さぐり〉神社の別名)の神宮寺となり、元弘元年(1331)には勅願寺になったそう。天正元年(1573)に、平等院の玄誉上人が中興。正親親王により、浄安寺の寺号と勅額を賜ったと伝わっています。 |
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