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そううんじ|臨済宗大徳寺派金湯山

早雲寺
神奈川県 箱根湯本駅

夏:5:00~17:00
冬:6:00~16:00

御朱印について御朱印
あり

通常はお受けいたしておりません。 寺宝公開の時のみお受けすることができます。 御朱印代は300円で…

限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

あり

早雲寺について

【北条氏の菩提寺】
小田原城主北条氏の菩提寺であり、北条5代の画像、墓があります。山門の左側の鐘楼にある大きな古い梵鐘は、豊臣秀吉の石垣山の一夜城に使われたといわれています。11月初旬の3日間、本堂の襖絵と寺宝を特別公開しています。
【箱根観光の際にぜひ訪れたい名刹】
箱根湯本の町は、もともと早雲寺の門前町として始まったとされています。早雲寺には戦国時代を代表する文化人として名高い北条長綱(幻庵/早雲の末子)の作といわれる枯山水庭園が残るほか、多くの文化財が保存されています。また、裏手には常緑広葉樹林が自然林の形で残り、初夏には県下では早雲寺林にしか生息しない箱根町指定天然記念物ヒメハルゼミの大合唱を聞くことができ、それに合わせたイベントも企画されています。

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ひなぎく
ひなぎく
2025年02月24日(月) 14時53分29秒
735投稿

早雲寺の寺宝公開に行ってきました😊

早雲寺は戦国時代の武将北条氏綱が父早雲の遺命により、大永元年(1521)に創建した臨済宗大徳寺派の古刹になります。
小田原北条氏の菩提寺として栄えて多くの塔頭が建てられ、関東屈指の禅刹へと発展しました。

しかし、天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めの際に占領され、本陣として利用されました。北条氏が降伏すると火を放たれ伽藍は灰燼に帰しました。早雲寺の再建は寛永4年(1627)方丈建立に始まります。

この日は2/15釈迦尊涅槃会、特別に涅槃図の前で焼香させていただき、その後、ご住職のご案内のもと本堂を巡りました。
お話によると、早雲寺は北条氏ゆかりの寺院であるだけではなく、『俳諧の聖地』であり『茶道ゆかりの名刹』でもあるとのことでした。いずれ寺宝の宝物館を作ってみんなが見れるようにしたいとも仰っていました。

以下、備忘録。

【本堂襖絵『龍虎図』】
神奈川県の文化財指定を受けている襖絵はここだけ。鎌倉にもないといいます。作者はわからないが、狩野派であるということは確か。虎の絵は「目ぬきの虎」といい、人間を襲わないように片目をぬいてある。

【方丈(本堂)】
殿内に掲げられた『方丈』の扁額は、東海道を上がってきた朝鮮通信使の金義信に書いてもらったもの。(惣門の額の書も同じ)

堂内が猿に荒らされる被害があり、普段は大戸を閉めている。以前、障子が破られてしまったという。幸い襖絵は無事だった。襖絵に何かあれば大ニュースになってしまう。また、襖絵の管理のため暖房が入れられないとのこと。

【寺宝】
早雲寺の寺宝は秀吉が占領した際に武将達に配ってしまった。秀吉が攻めて来る前に疎開させたものだけが残っているという。

【雪村周継】
常陸国出身の画僧。水墨画を描く。
天文19年に相模国を訪れ、早雲寺で開山、以天宗清の肖像画を描く。その名の通り“雪舟“を尊敬していて彼を意識して肖像画を描いたと思われる。現在、茨城県立歴史館で雪村展が開催されているので、機会があればぜひ見に行ってほしいとのこと。

・・・などなど。
他にもいろいろ貴重なお話や文化財を拝見させていただきました🙏
この寺宝公開は予約制で今年はあと3回です。御朱印はこの時でないと拝受できません。詳しくは箱根湯本観光協会のHPにあります。

早雲寺(神奈川県)

惣門

早雲寺(神奈川県)

『金湯山 朝鮮国 雪峯』
惣門の扁額。
書使として1643年〜1665年使節に参加した金義信(キムイシン)の墨跡。雪峯とは金義信の号。

早雲寺(神奈川県)

おそらく朝鮮通信使の像だと思います。

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

太子堂

早雲寺(神奈川県)

太子堂の裏にありました。

早雲寺(神奈川県)

延命地蔵尊

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

中門

早雲寺(神奈川県)

方丈(客殿)

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

連歌師宗祇の句碑
『世にふるは更に時雨のやどりかな』

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

『梵鐘』
県指定重要文化財。元徳2年(1330)鋳造。
豊臣秀吉が小田原攻めの時、石垣山一夜城で使用した。

早雲寺(神奈川県)

『山上宗二(やまのうえそうじ)追善碑』
千利休の弟子。茶人。
豊臣秀吉に仕えたが、秀吉の怒りを買い浪人生活を送る。その後前田利家に仕えるようになるが、再び秀吉の怒りを買い高野山に逃れた後、小田原北条氏を頼った。
秀吉による小田原攻めが始まると、千利休の取り成しがあって早雲寺で秀吉と面会。しかし、親睦のあった亡き北条幻庵に義理立てしたため再び怒りを買い、耳と鼻を削がれた上で打ち首にされました。享年46歳。

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

『今大路道三の墓』
安土桃山時代、江戸時代の医師。
父より医術を学ぶ。幼少より徳川秀忠に小姓として仕え、16歳の時に後陽成天皇に拝して橘姓と今大路の家号を賜る。その後剃髪した。
寛永3年(1626)秀忠が上洛した際にともに上洛したが、崇源院(江姫)が重態に陥ったため治療を命じられ急ぎ江戸に向うも、道三自身も帰東の途上に発病し、箱根宿で死去し早雲寺に葬られた。

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

『北条五代の墓』
右から早雲、氏綱、氏康、氏政、氏直。
この供養塔は、狭山北条5代当主、氏治(氏康の四男、北条氏規の子孫)が寛文12年(1672)8月15日に建立したものになります。
本来の墓の場所は、秀吉の軍勢に燃やされてしまってわからないそうです。

氏政とその弟、氏照の墓は小田原駅近くにもあり、後程そちらにも行きました。

早雲寺(神奈川県)

『大真院殿秀山俊公居士』
北条氏次の戒名。
第五代当主・北条氏直の嫡男とされる方ですが、その実在は極めて疑わしいとのこと。仙台藩士・桑島政貫が桑島家の家祖・氏時は北条氏次の子であると称し、明治23年には墓を建立したとのこと。

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

『連歌師 宗祇の墓』
連歌とは、2人以上の人が和歌の上の句と下の句とを互いに詠み合って続けていく形式の歌のこと。

連歌師 飯尾宗祇(いいおそうぎ)は、文亀元年(1501)2月越後上杉氏の許を発ち、弟子宗長、宗碩らと関東各地で連句を催しながら、駿河、美濃に向かう旅の途上、翌2年7月30日箱根湯本で客死した。享年82歳。
弟子たちは宗祇の遺骸を担いで富士山の裾野、桃園の定輪寺に埋葬した。
早雲寺の宗祇の墓は、その後終焉の地に建てられた供養塔である。
多くの俳諧師や旅人が早雲寺を訪れて宗祇の墓に詣でました。

早雲寺(神奈川県)

『稲津祇空(いなづぎくう)の墓』
江戸前期の俳人。大阪生まれ。
浅草を中心に江戸座の俳諧師として活躍したのち、早雲寺を訪れ境内に石霜庵なる草庵を結んで宗祇の墓守として晩年を送った。

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

『開山堂』
開山の大徳寺八十三世・以天宗清(いてんそうせい)像が安置されている。

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

『枯山水石庭』
早雲の末っ子で箱根神社の別当だった北条幻庵の作庭とされ「香炉峰」の銘がある。
しかし、調査によると江戸前期の作庭と推定され、戦国時代の庭園を江戸時代の再建時に現在のような石庭に整備したものと思われる。室町時代以降の禅宗式枯山水石庭は関東では極めて少なくとても貴重なのだそう。

早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)
早雲寺(神奈川県)

虎の印『禄壽應穏(ろくじゅおうおん)』
2代氏綱の時代から北条氏の出した文書(朱印状)に押印されていた御朱印。上部に虎の伏した姿が刻まれる。
禄壽應穏とは、財産と生命がまさに穏やかであるようにと人々が平和で暮らすという願いが込められている。

早雲寺(神奈川県)

受付時にクリアファイルを購入しました。他にもポストカードなどがありました。

早雲寺(神奈川県)

虎朱印最中は小田原城で買ったものです。

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歴史

早雲寺は戦国時代の武将北条氏綱が父早雲の遺命により大永元年(1521)創建した臨済宗大徳寺派の古刹である。以来、小田原北条氏の菩提所として栄え、氏綱の塔所春松院、氏康の大聖寺、氏政室(信玄の娘)の黄梅院など多くの塔頭が次々に建てられた。
京都南禅寺の東嶺智旺がその偉容を「輪奐の美」と称え、天文11年(1542)6月には後奈良天皇より勅願寺の綸旨を受けるなど関東屈指の禅刹へと発展している。
天正18年(1590)4月豊臣秀吉の小田原攻めの際、最初に占領され本陣として利用された。7月北条氏が降伏すると火を放たれ北条文化の一翼を担った早雲寺の伽藍もに灰燼に帰したのである。
早雲寺再建は寛永4年(1627)方丈建立に始まる。

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早雲寺の基本情報

住所

神奈川県足柄下郡箱根町湯本405

行き方

・箱根登山鉄道「箱根湯本駅」より徒歩15分
・ 「箱根湯本駅」から箱根登山バス(K路線)約3分「早雲公園前」バス停下車すぐ
・小田原厚木道路箱根口IC10分

アクセスを詳しく見る
名称

早雲寺

読み方

そううんじ

参拝時間

夏:5:00~17:00
冬:6:00~16:00

参拝料

寺宝の拝観料500円

御朱印あり

通常はお受けいたしておりません。
寺宝公開の時のみお受けすることができます。
御朱印代は300円です。

限定御朱印なし
電話番号0460-85-5133
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊釈迦三尊(室町時代)
山号

金湯山

宗旨・宗派臨済宗大徳寺派
創建時代

大永元年(1521)

開山・開基

以天宗清(開山)北条氏綱(開基)

文化財

【国指定重要文化財】
・北条早雲像
・織物張文台及硯箱

【県指定重要文化財】
・北条氏綱像
・北条氏康像
・伝雪村周継「三羅漢図」
・本堂襖絵三十八面
・開山以天宗清和尚頂相

ご由緒

早雲寺は戦国時代の武将北条氏綱が父早雲の遺命により大永元年(1521)創建した臨済宗大徳寺派の古刹である。以来、小田原北条氏の菩提所として栄え、氏綱の塔所春松院、氏康の大聖寺、氏政室(信玄の娘)の黄梅院など多くの塔頭が次々に建てられた。
京都南禅寺の東嶺智旺がその偉容を「輪奐の美」と称え、天文11年(1542)6月には後奈良天皇より勅願寺の綸旨を受けるなど関東屈指の禅刹へと発展している。
天正18年(1590)4月豊臣秀吉の小田原攻めの際、最初に占領され本陣として利用された。7月北条氏が降伏すると火を放たれ北条文化の一翼を担った早雲寺の伽藍もに灰燼に帰したのである。
早雲寺再建は寛永4年(1627)方丈建立に始まる。

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