しょうれんいんもんぜき|天台宗
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楽しみ方青蓮院門跡のお参りの記録一覧
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青蓮院門跡 (通称 粟田御所)
史蹟 青蓮院旧仮御所
親鸞聖人得度聖地
ご本尊 熾盛光如来
宗旨・宗派 天台宗
開山・開基 傳教大師最澄
天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡(青蓮院、三千院、妙法院)の一つとして古くより知られ、現在は天台宗の京都五箇室門跡(青蓮院門跡、妙法院門跡、三千院門跡、曼殊院門跡、毘沙門堂門跡)の一つに数えられています。青蓮院門跡は、古くより皇室と関わり深く格式の高い門跡寺院とされております。 〜HP参照
近畿三十六不動尊霊場 第十九番霊場
こちらへは今回、お参りする予定ではなかったのですが、知恩院さんのすぐ隣にあり帰路の際に目に止まって、『庭園』の素敵な記憶が蘇ったので、お参りさせて頂きました🙏
華頂殿から、畳に座って心地良く庭園をぼーっと眺めさせて頂きました☺️
御朱印は以前頂いた2種類の直書きと、以前気付かなかった2種類の書置きを頂きました🙏
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初日お昼の部の最終になります。
円山公園から知恩院様の山門の前を通り青蓮院様へ向かいました。
青蓮院様は天台宗の御寺様で御本尊は熾盛光如来曼荼羅(シジョウコウニョライマンダラ)をお祀りされています。
元は比叡山の青蓮坊という僧坊で、居住者には伝教大師や慈覚大師など、比叡山の中核をと言える錚々たる僧侶の名が連なっています。
第十二代の行玄大僧正へ鳥羽法王の第七王子が弟子入りした際に、京に殿舎を造営したのが青蓮院様が門跡寺院としての始まりとされています。
そこから明治に到るまで、青蓮院様の門主は殆どが皇族か五摂家の子弟に限られていたそうです。
知恩院様の山門前まで、あれほど喧騒に包まれていたのが嘘のように静かでした。参拝者はそこそこ居られたのですが、皆さん境内の何とも言えないシットリとした空気感を楽しんでおられるように感じました(^-^)
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青蓮院門跡は、天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡(青蓮院、三千院、妙法院)の一つとして古くより知られ、現在は天台宗の京都五箇室門跡(青蓮院門跡、妙法院門跡、三千院門跡、曼殊院門跡、毘沙門堂門跡)の一つに数えられています。日本天台宗の祖最澄が比叡山延暦寺を開くにあたって、山頂に僧侶の住坊を幾つも作りましたが、その一つの「青蓮坊」が青蓮院の起源であると云われています。平安時代末期に、青蓮坊の第十二代行玄大僧正(藤原師実の子)に鳥羽法皇が御帰依になって第七王子をその弟子とされ、院の御所に準じて京都に殿舎を造営して、青蓮院と改称せしめられたのが門跡寺院としての青蓮院の始まりであり、行玄が第一世の門主であります。
~当該HPより一部抜粋引用~
ご住職?の方が、親切にいろいろと教えていただき、庭もゆっくりと鑑賞することができました。
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<まだまだ暑い9月の京都4>
門跡寺院らしくとても上品で優しい雰囲気でした。以前よりお参りしたくても中々ご縁に恵まれず、今回は願いが叶いました🙏
美しい襖絵、綺麗なお庭、そして珍しい御本尊『熾盛光如来曼荼羅』様にお参りも出来て満足です。
最後に青不動産様がいらっしゃる将軍塚に行く予定でしたが、雨が降って来たのでまたの機会に。
護摩木を納めさせて頂きました🙏
御本尊は『熾盛光如来曼荼羅』という珍しいもので、熾盛光如来は大日如来の仏頂尊(頭の頂におられる極めて崇高な仏さま)、全国でもこの仏を御本尊としているのは青蓮院門跡のみだそうです。現在の御本尊は豊臣秀吉によって復元再作成奉納されたものです。
青蓮院は天台宗の京都五箇室門跡寺院の一つで、天明8年(1788)の大火により御所が炎上した際、後桜町上皇は御所として青蓮院に避難されたことから粟田御所ともよばれています。
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