おんせんざん あんらくじ|高野山真言宗|温泉山(おんせんざん)
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楽しみ方温泉山 安楽寺(四国霊場第六番札所)のお参りの記録一覧
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高野山真言宗 温泉山 瑠璃光院 安楽寺
四国八十八箇所霊場 第6番札所
阿波北嶺薬師霊場 第2番札所
こちらは山号が「温泉山」という名のとおり湯治がある宿坊でもあります。
仁王門を抜けると、正面に本堂と、本堂の前に建てられた金剛宝拝殿がどーんと見えてきます。
この金剛宝拝殿には、金泉・銀泉がありそれぞれに童観音がいらっしゃいます。
本堂内が納経所になっていて、御本尊の薬師如来様にお参り後、大師堂へお参りする前にお納経をいただく形になりました。
また大師堂前には「厄除けのさか松」があります。
弘法大師様が四国を巡錫中、一人の青年が獲物と間違えて弓矢を放ってしまったそうです。
ところが松の枝がその矢を受けるようになびいて身代わりになりました。
この青年の父親が病のため猪の肝を食べさせようと狩りをしていたとのことで、お大師様は青年の父親をお加持し、翌日病は治ったそうです。
そしてお大師様の身代わりとなった松の枝を逆さまに植えさせ、「もしこの松が芽を出し栄えることがあれば、後にこの地をふむ者は厄除けの法によって災厄を逃れるであろう」と仰いました。
その後、この松は芽を出し栄えたことから、「厄除けのさか松」と伝えられるようになったそうです。
通常のお納経以外に、「弘法三尊の御朱印」も併せていただいてまいりました。
とても可愛らしい弘法大師・不動明王・愛染明王が描かれていて、さらに稚児大師の御影と入浴剤がセットになっていました。


憧れの四国八十八霊場巡り 2回目に出かけました。
道には詳しくないので 札所の番号順にしました。
四国八十八カ所霊場巡り 6番札所のお寺です。
山号は温泉山
院号は瑠璃光院
宗旨宗派は高野山真言宗
ご本尊は薬師如来、胎内仏・薬師如来
です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌:かりの世に知行(ちぎょう)争うむやくなり 安楽国の守護(しゅご)をのぞめよ
です。
いやぁ 四国八十八霊場巡り 素晴らしいです。
憧れから贔屓目に見てしまうのかも知れませんが 立派なお寺が続きます。
こちらの安楽寺さん 仁王門が少し中国っぽいです。
境内に入るといきなり「社長!」と声を掛けられました。
「社長?」 にこにこ微笑むシルバーの方達がいらっしゃいます。
なるほど これがかの有名な「接待」というやつか。
「お参りしてから伺います」
本堂で薬師如来様を拝見し 神々しいお姿に感動しました。
やはり目の前で見ることができたのは大きいです。
廊下で繋がる大師堂では ガラス越しではありますが 立派な大師像を拝見できました。
満足満足 という気分で シルバーの方の所に伺うと 六ちゃんと名付けられた 「さるぼぼ」 と お菓子をいただきました。
「写真を撮ってあげる」とまでおっしゃっていただき 「鳳凰も入れておいたから」とサービス心満点でした。(載せていませんが)
宿坊では 温泉に浸かることができると書かれていました。
また宿坊に泊まると 夜7時の勤行に参加できるそうです。
2巡目する時には 宿泊したいと思いました。
由緒については
寺伝によれば 弘仁6年(815年)に現在地よりおよそ2km離れた安楽寺谷に 空海(弘法大師)が堂宇を建立し薬師如来を刻んで本尊としたという。
往時は温泉湯治の利益で 山麓から広大な寺域を誇り十二宇門甍を接し鈴鐘の響きが絶えることがなかったが 天正年間(1573年 – 1592年)に長宗我部元親の兵火により焼失し荒廃した。
万治年間(1658年 – 1661年)に現在地に駅路寺であった瑞運寺を併合して再建される。
承応2年(1653)巡拝した澄禅の『四国遍路日記』では「駅路山浄土院安楽寺」 貞享4年(1687)刊行の『四国辺路道指南』には「六番安楽寺又は瑞運寺とも云う」 元禄2年(1689)刊行の『四国徧礼霊場記』には「瑠璃山日興院瑞運寺」 寛政12年(1800)刊行の『四国遍礼名所図会』には「六番温泉山安楽寺」と名称が変遷している。
九尺五寸(約361cm)の本尊薬師如来坐像は 昭和37年(1962年)当寺の住職にすすめられて 妻の難病平癒祈願のため四国遍路を続けていた夫婦が 遍路途中に病気平癒をした報恩のために奉納したもので 一尺三寸(約49cm)の古来の本尊を胎内仏として納められている。
とありました。


【温泉山(おんせんざん)瑠璃光院(るりこういん)安楽寺(あんらくじ)】
本尊:薬師如来
宗派:高野山真言宗
開基:弘法大師
安楽寺は、815(弘仁6)年、現在地よりおよそ2㎞離れた安楽寺谷に、弘法大師(774-835)が堂宇を建立し薬師如来を刻んで本尊としたという。往時は温泉湯治の利益で、山麓から広大な寺域を誇っていたが、天正年間(1573-1592)長宗我部元親の兵火により焼失した。 万治年間(1658 - 1661年)に現在地に駅路寺(えきろじ)であった瑞運寺を併合して再建される。安楽寺は、駅路寺として、お遍路や旅人の宿泊、茶湯接待の場となり、境内では今も温泉付きの宿坊が人気を博している。

【06_T.Hamada's view】
本堂

【06_厄除けのさか松】
猟師が誤って修行中の弘法大師に矢を射った。その時、松の枝がなびき、弘法大師を救ったと言われる松。その松を、大師自らがさかさまに植えたとされる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)


【四国八十八ヶ所札所巡り⑥】
安楽寺(あんらくじ)は、徳島県板野郡上板町引野にある高野山真言宗の寺院。山号は温泉山(おんせんざん)、院号は瑠璃光院(るりこういん)。本尊は薬師如来。四国八十八ヶ所6番札所。
創建は不詳。往古から当地は温泉があり、当寺は弘法大師によって温泉湯治の利益が伝えられた旧跡で、山号は温泉山とされた。桃山時代には阿波藩祖・蜂須賀家政が「駅路寺」と定め、四国遍路や旅人の宿泊、茶湯接待の施設を置いたと現存の『駅路寺文書』に記載されている。江戸時代には蜂須賀家の崇敬を受け、茅葺屋根の方丈が寄進され、山門には蜂須賀家の家紋が入った雪洞が許された。
当寺は、JR徳島線・牛島駅の北方4.7km、道のり6.4kmの平地の住宅街の中にある。5番札所の地蔵寺からは道のり4.9km。独特な造形の鐘楼門をくぐって境内に入ると綺麗な庭園と多宝塔が目に入り、右手には庫裏、宿坊などの大きな建物群が立ち並ぶ。最奥の本堂も、手前にある横長の屋根付き拝所が独特な造形で印象的。
当寺には宿坊があるため、
今回は、四国八十八ヶ所札所であることから参拝した。参拝時は休日の早朝で、あいにくの天気ではあったが、本堂では宿坊の宿泊者など数十人が「朝のお勤め」をしていて、たまたまいた外国人のお遍路さんたちとともにお勤めの様子をしばし見入っていた。
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