ごくらくじ|高野山真言宗|日照山(にっしょうざん)
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高野山真言宗 日照山 無量寿院 極楽寺
四国八十八箇所霊場 第2番札所
阿波西国三十三観音霊場 第21番札所
阿波北嶺二十四薬師霊場 第11番札所
1番霊山寺から西へ1kmちょっとのところ。
車なら3分ほど、歩いても20分はかからないところになります。
こちらは弘法大師がこの地で21日間阿弥陀経を読誦され、その結願の日に阿弥陀如来が現れたとのこと。
そして大師自ら阿弥陀如来を彫りご本尊にされたとされています。
このご本尊が発する光が鳴門の長原沖まで達し、漁業の妨げになるとして漁師たちが光を遮るために本堂前に小山を築いたとか。
そこから山号が「日照山」になったそうです。
また山門くぐってすぐのところに願かけ地蔵がいらっしゃいます。
御真言「オンカカカビサンマエイソワカ」と唱え、お願い事をしたのち自身も精進努力することを誓うと、お願い事を叶えてくれるそうです。
お願いするだけではなく、努力することが大事ですね。


2023年大晦日から出発した室戸岬御来光一人旅の道中で始めた四国八十八箇所巡礼の二番目に順番通り「日照山 無量寿院 極楽寺」にお参りしました。
一番札所の「霊山寺」からは車で西に5分ほどです。
駐車場は山門横に普通車が止められます。
大型車は山門前です。
数年前に何気なく見たアニメで「おへんろ。~八十八歩記~」というのがありまして、その中でこのお寺の紹介をしていたのですが、その中で「長命杉」という巨木があって触れると色んなご利益があるというのを覚えていたので、是非とも私もご利益にあやかろうと思いました。
余談ですがこの「おへんろ」というアニメ、およそ10年くらい前の作品だと思うのですが、女の子3人が歩き遍路をしながらお寺だけでなく色んな名所や名物を巡っていくお話です。
結構お遍路まいりの参考になりますので興味のある方は見てみてください。
地上波では今は放映してないので、ネット配信になると思います。
間違いなく見れるのはdアニメストアです。
朱塗りの立派な山門をくぐると右手に手水舎があります。
柱に彫刻を施したこれも立派な手水舎でした。
そのまま進むと本堂前の階段横に薬師堂がありその横に長命杉が立っていました。
樹齢1200年ほどと言われる杉の巨木で弘法大師お手植えと言われています。
鳴門市の天然記念物に指定されている巨木で紅白の紐が繋がれていてその紐に触れるとご利益があるそうです。
私も令和六年が良い年になるように願いを込めて紐に触れてきました。
しかし1200年前から生きてる木だと思うと畏敬の念が湧いてきますね。
平安時代ですもんねえ。🥹
本堂前の階段のところに釈迦の足跡を祀った仏足石があります。
本堂横には安産祈願の安産大師像が立っていて安産を祈願する女性のお参りが絶えないようです。
本堂はそれほど大きくはないのですが、風格と威厳のある建物です。
本堂向かって右側に大師堂があります。
極楽寺は行基により開かれ、815年に弘法大師がここで修行をした際に、阿弥陀如来を彫って御本尊にしたそうです。
その阿弥陀如来が放つ光が鳴門の海まで届き、漁の妨げになるので本堂前に土を盛り小山を築いたところから「日照山」の山号になったそうです。
本堂と大師堂をお参りしてから納経所でご納経をいただきました。
ここから三番札所の「金泉寺」まで6キロほどなのですが室戸に行くルートからかなり逸れるので次回に巡拝することにして南下することにしました。
まだ二カ寺ですが、八十八ヶ所巡礼が長きにわたって絶えない理由がわかりました。
心が洗われる思いがしました。


憧れで始めた 四国八十八カ所霊場巡り 2番札所のお寺です。
山号は日照山
院号は無量寿院
宗旨宗派は高野山真言宗
ご本尊は阿弥陀如来
です。
御朱印帳に載っているご真言とご詠歌は
本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん
ご詠歌:極楽の弥陀(みだ)の浄土へ行きたくば 南無阿弥陀仏口(くち)ぐせにせよ
でした。
車でお参りすれば 1番札所の霊山寺からさほど遠くありませんでした。
何となく予想はしていたものの 1番札所は大賑わいでしたが 2番札所になると参拝客はかなり減るんですね。
売店や納経所も 普通の寺社ていどになっています。
少々残念な気がします。
境内は広く 建物はもとより 石仏・記念の石仏など見どころは満載でした。
極楽寺の由緒については
奈良時代(710年 – 784年)行基の開基と伝わります。
弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)がこの地での21日間(三七日)の修法で阿弥陀経を読誦したところ 満願日に阿弥陀如来の姿を感得したため その姿を刻んで本尊としたと言います。
この阿弥陀如来の後光は遠く鳴門まで達し 魚が採れなくなったため 困った漁民たちが本堂の前に山を築いて光をさえぎったということから 「日照山」と号するとされています。
また 空海がその阿弥陀経を読誦した際 難産だった難波の女性が空海の加持により無事安産し そのお礼にと木造大師像を寄進したのが大師堂の本尊だそうです。
そして 明治時代に同じく大阪住吉の女性が安産祈願をし お告げにより四国遍路に出て無事男の子を出産したお礼にと修行大師像を寄進したのが 大師堂の向かって左前に立つ安産修行大師像だそうです。
これらのことから 子授け・安産の寺として随時祈祷祈願を受け付けていて 安産お守り・腹帯を授けているそうです。
天正10年(1582年)に長宗我部元親の兵火により焼失し 万治2年(1659年)に徳島藩主蜂須賀光隆によって再建されています。
とありました。
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