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さむはらじんじゃ おくのみや

サムハラ神社 奥の宮
岡山県 美作加茂駅

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あり(金刀比羅神社裏参道)

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きどっち
きどっち
2026年04月02日(木)1561投稿

念願のサムハラ神社奥の宮にあがらせていただきました。

昨日投稿しました金刀比羅神社に隣接している神社になります。
今年の2月22日に大阪のサムハラ神社にあがらせていただいた以来、こちら岡山県津山市の奥の宮にいつかお参りしたい・・・と思い続けて約1カ月。
3月20日にふと「明日、行こう!」と急に思いつき、翌日の早朝、早起きをして車で家を出発。
3連休の真ん中、車が多いのは覚悟していましたが、至るところで事故渋滞が発生。
「これは今日は呼ばれてないのかな?」と思いつつ、早め早めに遠回りになるかもしれない迂回路へ進むと、不思議なことに選んだ道が正解だったようで、大きな遅れもなく進むことができました。
奥の宮へ向かう途中、いくつか別の神社へも立ち寄らせてもらい、奥の宮には予定どおりの時間に到着。
まったく迷うこともなく、あまりにもあっさりと奥の宮に着いてしまったので少し拍子抜けしてしまいましたが、とにかく無事に到着できてよかったです。

奥の宮の参拝方法は少し独特なようです。(ネット情報です)

まず社殿前で裸足になります。
社殿前の一番下の石段中央に指輪っぽい金属が埋め込まれていて、左足→右足と踏み、社殿前に進みます。
お賽銭は111円をそっと入れ、六礼八拍手してお参り。

なのですが、他の参拝者が後ろに控えていたこともあり、お賽銭だけ111円にしましたがあとは他の神社と同じようにお参りしてしまいました😅
またお参りさせていただく機会を与えてもらうことができたなら、次こそは先ほど書いた参拝方法でお参りしたいと思います。

参拝後、金刀比羅神社の前を通り過ぎて、日詰山の山頂へ。
ここで二度、三度と温かい風が右の頬を優しく撫でるように吹きました。
実際には風という風は吹いてなかったのですが、右の頬だけをそっと触れられた感覚です。
なぜかその瞬間、心の中が感謝の気持ちでいっぱいになりました。

そして山頂には展望台と御神木があり、まずは展望台に上り景色を堪能します。
そして御神木のそばに行き、御神木にそっと触れさせていただくと、さきほどの頬を触れられたような温かさがあり、パワーをいただけたような気がします。
そこで心が満たされ満足してしまい、元宮にお参りするのを忘れてしまいました😅

<御祭神>
 天之御中主大神
 高皇産霊大神
 神皇産霊大神

<沿革>
美作國東北條郡中原村(現津山市加茂町中原)日詰山山中の城郭址に古祠在り、『𪮷抬𪮷𪮇』を伝えると謂われあるも年紀不詳、恐らくは中世の日詰城の域内に守護祠の在ったものかと推測される。 歳月の中に古祠荒廃し、付近の住人の細々たる尊崇のみのうちに継がれる。
同地出生の当神社初代主管者、田中富三郎翁の往時より災難除・身体健固の加護に与りて日清・日露の戦役に助かり、常陸丸、鉄嶺丸に難を逃れ、しばしばの危難を避けて無事なるは、奉持した𪮷抬𪮷𪮇の護符の御蔭と畏んで、昭和九年に奉賛会たる信光会を催し、昭和十年に荒廃の古祠を再建する。 大東亜戦争に至り、大阪師団司令部を通じて出征兵士に御守を贈呈、武運長久を願う。
戦後昭和二十一年、改めて中原・日詰山山中に社殿再建。 次で昭和二十五年、当時の大阪市要人達の賛同を得て大阪中之島豊国神社(当時)の境内に岡山より分霊、中原の社殿は元宮・奥の宮と称する。
昭和三十六年、大阪市役所増築により、豊国神社大阪城内に奉遷、当神社も西区立売堀に移築遷座する。
平成十七年、台風の為毀たれた岡山奥の宮を、加茂金刀比羅神社、地元有志の協力を得て加茂町中原900-3の現在地に遷座する。

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歴史

美作国東北條郡中原村(現津山市加茂町中原)日詰山山中の城郭址に古祠在り、「サムハラ」を伝える謂われあるも年紀不詳、恐らくは中世の日詰城の場内に守護祠の在ったものかと推測される。歳月の中に古祠荒廃し、付近の住人の細々たる尊栄のみのうちに継がれる。
同地出生の当神社初代主管者、田中富三郎翁の往時により災難除・身体健固の加護に与りて日清・日露の戦役に助かり、常陸丸、鉄嶺丸に難を逃れ、しばしばの危難を避けて無事なるは、奉持したサムハラの護符の御蔭と畏んで、昭和九年に奉賛会たる信光会を催し、昭和十年に荒廃の古祠を再建する。大東亜戦争に至り、大阪師団司令部を通じて出征兵士に御守りを贈呈、武運長久を願う。
戦後昭和二十一年、改めて中原・日詰城山中に社殿再建。次で昭和二十五年、当時の大阪市要人達の賛同を得て大阪中之島豊国神社(当時)の境内に岡山より分霊、中原の社殿は元宮・奥の宮と称する。
昭和三十六年・大阪市役所増築により豊国神社大坂城内に奉遷、当神社も西区立売堀に移築遷座する。
平成十七年、台風の為毀たれた岡山奥の宮を、加茂金刀比羅神社、地元有志の協力を得て加茂町中原900-3の現在地に遷座する。
(※「サムハラ」の字が文字化けしてしまう為カタカナで表記しています)

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サムハラ神社 奥の宮の情報

住所岡山県津山市加茂町中原900-3
行き方

JR美作加茂駅から徒歩30分

サムハラ神社 奥の宮の基本情報

名称サムハラ神社 奥の宮
読み方さむはらじんじゃ おくのみや
参拝時間

24時間参拝可能

参拝にかかる時間

5分

参拝料

なし

トイレあり(金刀比羅神社)
御朱印あり
限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり

奥の院の御朱印

御朱印の郵送対応なし
御朱印帳なし
SNS

詳細情報

ご祭神天之御中主大神
高皇産霊大神
神皇産霊大神
創建時代不詳(再建は昭和二十一年)
創始者不詳(再建は田中富三郎)
本殿一間社流造
ご由緒

美作国東北條郡中原村(現津山市加茂町中原)日詰山山中の城郭址に古祠在り、「サムハラ」を伝える謂われあるも年紀不詳、恐らくは中世の日詰城の場内に守護祠の在ったものかと推測される。歳月の中に古祠荒廃し、付近の住人の細々たる尊栄のみのうちに継がれる。
同地出生の当神社初代主管者、田中富三郎翁の往時により災難除・身体健固の加護に与りて日清・日露の戦役に助かり、常陸丸、鉄嶺丸に難を逃れ、しばしばの危難を避けて無事なるは、奉持したサムハラの護符の御蔭と畏んで、昭和九年に奉賛会たる信光会を催し、昭和十年に荒廃の古祠を再建する。大東亜戦争に至り、大阪師団司令部を通じて出征兵士に御守りを贈呈、武運長久を願う。
戦後昭和二十一年、改めて中原・日詰城山中に社殿再建。次で昭和二十五年、当時の大阪市要人達の賛同を得て大阪中之島豊国神社(当時)の境内に岡山より分霊、中原の社殿は元宮・奥の宮と称する。
昭和三十六年・大阪市役所増築により豊国神社大坂城内に奉遷、当神社も西区立売堀に移築遷座する。
平成十七年、台風の為毀たれた岡山奥の宮を、加茂金刀比羅神社、地元有志の協力を得て加茂町中原900-3の現在地に遷座する。
(※「サムハラ」の字が文字化けしてしまう為カタカナで表記しています)

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