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楽しみ方サムハラ神社 奥の宮のお参りの記録一覧
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親父のお礼参りサムハラ編。
金刀比羅神社さんにご挨拶させていただきまして、お伺いしました(^^)
虫の音がコオロギや鈴虫になって秋に近づいてきているのだなと実感しますね。
親父が亡くなったこと、喪が開けたこと、そして病床ではお世話になったことを報告して感謝をお伝えしました。
すると、不思議なことにお社の左から2番目の紙垂がゆらゆらと揺れ始めました。
あれ?風が拭き始めたのかなと思いましたが、曇って湿った空気の中風がほとんど無くて暑い状態。木々の葉も揺れていません。
しかし、揺れが今度は他の紙垂、さらには鈴紐と本当に風が吹いているかのように順番に揺れ始めました。
しばらく、手を合わせて感謝の参拝をさせていただきました。靴を脱いで手前の石段の金属の部分に足を揃えて礼拝です。
他に参拝する人は居らず、このときばかりは動画を撮っておけばよかったなぁと後悔しております。しかし、この瞬間は貴重なお時間をいただきました。自分の記憶に焼き付けておこうと思います。
少しでも歓迎してくださっていたら嬉しいです。
これも何かの御縁かもしれませんね。
いつかは大阪のサムハラ神社にもご挨拶できたらと思います。
貴重なお時間をありがとうございます。
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造化三神が御祭神の神社へ参拝して来ました。
自然豊かな山の中の澄んだ空気を感じながら参道を進み境内へ。
境内では、私の前にお詣りされた方から、この神社での特別な参拝方法をお聞きしました。
(裸足になり、階段手前の石の金属部分を左から右の順に踏んでからお詣りするとのこと)
ただ、私の後ろには多くの参拝者がお待ちでしたので、靴だけ脱いでのお詣りとしました。
また、後から知ったのですが、本神社は「神様に呼ばれた人だけが行くことができる」と言われているとのこと。
思い返してみると、カーナビで設定された「行き道」がとんでもなく険しい山道(車1台やっと通れる幅でガードレールもなく、ハンドル操作を間違えれば谷底へ転落してしまいそうな道)であり、何度も引き返した方が良いのでは、と迷いながら向かった記憶がよみがえりました。
無事にたどり着きお詣りできたので、神様に呼んでいただけたのかなと思っています。
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大阪市西区にあるサムハラ神社のルーツとなった遥拝所・聖地。
「神様に呼ばれた人しか行けない」という言い伝えでも知られる、中国山地の山深い場所に鎮座。
現在の参拝の中心となるお社で、津山市加茂出身の設立者が昭和10年に古祠を再建し、後に大阪へ分霊を移したことでここが「奥の宮(奥の院)」となっている。
御朱印は、神社の維持管理を行っている地元の「神社総代」を務める方の個人宅にて授与されています。まずは、「津山市加茂観光交流センター(観光協会)」で連絡先を確認してください。とのネット情報。
インターネット検索や一部のカーナビでは別の場所(ダム等)を指す場合があるとの情報があがっていましたが、特に迷うことなく到着できました。
あいにくの雨模様でしたが、到着後はやみ、境内地である日詰山(ひづめやま)の山頂近くの展望台から一望できる景色は、雨上がりの山肌に絶妙にかかった靄との調和が絶景で、山頂ならではのひんやりとした空気感が心地よかったです。










念願のサムハラ神社奥の宮にあがらせていただきました。
昨日投稿しました金刀比羅神社に隣接している神社になります。
今年の2月22日に大阪のサムハラ神社にあがらせていただいた以来、こちら岡山県津山市の奥の宮にいつかお参りしたい・・・と思い続けて約1カ月。
3月20日にふと「明日、行こう!」と急に思いつき、翌日の早朝、早起きをして車で家を出発。
3連休の真ん中、車が多いのは覚悟していましたが、至るところで事故渋滞が発生。
「これは今日は呼ばれてないのかな?」と思いつつ、早め早めに遠回りになるかもしれない迂回路へ進むと、不思議なことに選んだ道が正解だったようで、大きな遅れもなく進むことができました。
奥の宮へ向かう途中、いくつか別の神社へも立ち寄らせてもらい、奥の宮には予定どおりの時間に到着。
まったく迷うこともなく、あまりにもあっさりと奥の宮に着いてしまったので少し拍子抜けしてしまいましたが、とにかく無事に到着できてよかったです。
奥の宮の参拝方法は少し独特なようです。(ネット情報です)
まず社殿前で裸足になります。
社殿前の一番下の石段中央に指輪っぽい金属が埋め込まれていて、左足→右足と踏み、社殿前に進みます。
お賽銭は111円をそっと入れ、六礼八拍手してお参り。
なのですが、他の参拝者が後ろに控えていたこともあり、お賽銭だけ111円にしましたがあとは他の神社と同じようにお参りしてしまいました😅
またお参りさせていただく機会を与えてもらうことができたなら、次こそは先ほど書いた参拝方法でお参りしたいと思います。
参拝後、金刀比羅神社の前を通り過ぎて、日詰山の山頂へ。
ここで二度、三度と温かい風が右の頬を優しく撫でるように吹きました。
実際には風という風は吹いてなかったのですが、右の頬だけをそっと触れられた感覚です。
なぜかその瞬間、心の中が感謝の気持ちでいっぱいになりました。
そして山頂には展望台と御神木があり、まずは展望台に上り景色を堪能します。
そして御神木のそばに行き、御神木にそっと触れさせていただくと、さきほどの頬を触れられたような温かさがあり、パワーをいただけたような気がします。
そこで心が満たされ満足してしまい、元宮にお参りするのを忘れてしまいました😅
<御祭神>
天之御中主大神
高皇産霊大神
神皇産霊大神
<沿革>
美作國東北條郡中原村(現津山市加茂町中原)日詰山山中の城郭址に古祠在り、『𪮷抬𪮷𪮇』を伝えると謂われあるも年紀不詳、恐らくは中世の日詰城の域内に守護祠の在ったものかと推測される。 歳月の中に古祠荒廃し、付近の住人の細々たる尊崇のみのうちに継がれる。
同地出生の当神社初代主管者、田中富三郎翁の往時より災難除・身体健固の加護に与りて日清・日露の戦役に助かり、常陸丸、鉄嶺丸に難を逃れ、しばしばの危難を避けて無事なるは、奉持した𪮷抬𪮷𪮇の護符の御蔭と畏んで、昭和九年に奉賛会たる信光会を催し、昭和十年に荒廃の古祠を再建する。 大東亜戦争に至り、大阪師団司令部を通じて出征兵士に御守を贈呈、武運長久を願う。
戦後昭和二十一年、改めて中原・日詰山山中に社殿再建。 次で昭和二十五年、当時の大阪市要人達の賛同を得て大阪中之島豊国神社(当時)の境内に岡山より分霊、中原の社殿は元宮・奥の宮と称する。
昭和三十六年、大阪市役所増築により、豊国神社大阪城内に奉遷、当神社も西区立売堀に移築遷座する。
平成十七年、台風の為毀たれた岡山奥の宮を、加茂金刀比羅神社、地元有志の協力を得て加茂町中原900-3の現在地に遷座する。

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