とうだいじ ぎょうきどう|華厳宗大本山東大寺境内御堂
東大寺 行基堂奈良県 近鉄奈良駅
通常非公開
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楽しみ方

行基堂は東大寺大仏殿から東に上がった 「上院」と呼ばれる地区にあります。
この「上院」には 中央に大きな鐘楼があり そのまわりに念仏堂と行基堂と俊乗堂と辛国神社が配置されています。
念仏堂横でご朱印がいただけます。
念仏堂の参拝をすませ 御朱印をいただいてからの参拝になりました。
歴史を感じさせるお堂です。
行基菩薩坐像を拝顔することもできました。
小学校の社会科で習った行基は 民からの信望が厚く 東大寺の大仏建立に際して中心的な役割を果たしたということでした。
少なくとも関西では いくつかの寺院創建に携わっている偉大な僧侶です。
ネット情報です。
東大寺行基堂は江戸時代に建立されたとも言われています。
行基堂にはかつて俊乗房重源と言われる重源上人坐像(国宝)を安置していたことから俊乗堂と称していました。
江戸時代中期の元禄年間(1688年~1703年)に公慶上人が伽藍の再建に尽力した中興の祖・俊乗房重源の遺徳を称える為に俊乗堂を建立しました。
また1728年(享保13年)に公慶上人の発願によって造仏された行基菩薩坐像が完成し 俊乗堂に行基菩薩坐像を安置したことから行基堂と言われるようになりました。
なお行基は東大寺の大仏造立に尽力したことから第45代・聖武天皇、初代別当・良弁僧正 インド出身の僧・菩提僊那とともに四聖と言われています。
ただ行基は752年(天平勝宝4年)の大仏開眼を見ることなく 菅原寺(喜光寺)で亡くなりました。
宝形造の一間堂で、江戸時代(17世紀前期)の建築である。『長闇堂記』は中井大和守が改築に関与したと伝える。もとは重源上人像を祀る俊乗堂だったが、五百年遠忌に際し公慶上人が現在の俊乗堂を新築したため、享保年間に行基菩薩坐像を造立して安置。以後、行基堂とされた。
堂内の坐像は行基菩薩の墓のある生駒市・竹林寺像(鎌倉時代13世紀)の模刻像。行基菩薩は奈良時代に大仏様を造立する際の勧進をつとめ、東大寺「四聖」の一人である行基菩薩。「四聖」とは聖武天皇・婆羅門僧正菩提僊那・行基菩薩・良弁僧正で、東大寺ではそれぞれ観音・普賢・文殊・弥勒の諸菩薩の化身とされ尊崇されている。
| 住所 | 奈良県奈良市雑司町406-1 行基堂 |
|---|---|
| 行き方 | ぐるっとバス 大仏殿前駐車場停留所 徒歩7分
|
| 名称 | 東大寺 行基堂 |
|---|---|
| 読み方 | とうだいじ ぎょうきどう |
| 参拝時間 | 通常非公開 |
| 参拝料 | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0742-22-5511(東大寺寺務所) お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご本尊 | 行基菩薩 |
|---|---|
| 宗旨・宗派 | 華厳宗大本山東大寺境内御堂 |
| 創建時代 | 江戸時代(17世紀前期) |
| 本堂 | 宝形造の一間堂 |
| ご由緒 | 宝形造の一間堂で、江戸時代(17世紀前期)の建築である。『長闇堂記』は中井大和守が改築に関与したと伝える。もとは重源上人像を祀る俊乗堂だったが、五百年遠忌に際し公慶上人が現在の俊乗堂を新築したため、享保年間に行基菩薩坐像を造立して安置。以後、行基堂とされた。
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