わかうらてんまんぐう
和歌浦天満宮和歌山県 紀三井寺駅
8:00~17:00
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紀州東照宮のすぐ西隣 実際にはぐるっとまわるので少し歩きます。
こちらも立派な神社です。
天満宮ですから 御祭神は菅原道真です。
全国に天満宮は数えきれないほどありますが こちらは大きな方だと思います。
平日だったのですが(昨日那智だけしかお参りできなかったため 会社は有給でお休みしました) 宮司様がおられ 少しお話させていただけました。
境内摂社が多く 全部は把握できませんでした。
ウィキペディアでは摂末社は
多賀神社・天照皇太神宮豊受大神宮・白山比賣神社・白太夫神社・鹿島神社・香取神社・春日神社・柿本神社・神集神社・八幡神社・産霊神社・天穂日神社・三宝竃神社・住吉神社・高富稲荷神社・白藤龍王・白高大神・白鳥神社
たーくさんあるでしょ。
でも 何より素晴らしいのは 楼門から見る和歌の浦の景色でした。
由緒については
右大臣菅原道真は昌泰の変で失脚すると大宰員外帥に任ぜられ 延喜元年(901年)に大宰府に向かった。
その途中 海上の風波を避けるために和歌浦に船を停泊させた。
その時 現在当社が鎮座する山(天神山)から和歌浦を望み 2首の歌を詠んでいる。
その後 村上天皇の康保年間(964年 - 968年)に 参議橘直幹が大宰府から帰京する途中に和歌浦へ立ち寄り この地に神殿を建て道真の神霊を勧進して祀ったのが当社の始まりとされる。
とありました。
延喜元年(901年)に菅原道真が大宰府に向かう途中、海上の風波を避けるために和歌浦に船を停泊した。その時、神社が鎮座する天神山から和歌の浦を望み、2首の歌を詠んだ。その後、村上天皇の康保年間(964 - 968年)に参議橘直幹が大宰府から帰京する途中に和歌浦へ立ち寄り、この地に神殿を建て道真の神霊を勧進して祀ったのが始まりとされる。また、道真が立ち寄った際に、敷物がなく、漁師が船の艫綱を敷物(円座)にして迎えたといい、綱敷天神とも称せられるという。天満宮は和歌浦天神山(標高約93m)の中腹に位置し、菅原道真を祀り、和歌浦一円の氏神として尊崇されている。
| 名称 | 和歌浦天満宮 |
|---|---|
| 読み方 | わかうらてんまんぐう |
| 参拝時間 | 8:00~17:00 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 絵馬 | あり |
| ご祭神 | 《主》菅原道真 |
|---|---|
| 創建時代 | 村上天皇時代 |
| 本殿 | 入母屋造 |
| ご由緒 | 延喜元年(901年)に菅原道真が大宰府に向かう途中、海上の風波を避けるために和歌浦に船を停泊した。その時、神社が鎮座する天神山から和歌の浦を望み、2首の歌を詠んだ。その後、村上天皇の康保年間(964 - 968年)に参議橘直幹が大宰府から帰京する途中に和歌浦へ立ち寄り、この地に神殿を建て道真の神霊を勧進して祀ったのが始まりとされる。また、道真が立ち寄った際に、敷物がなく、漁師が船の艫綱を敷物(円座)にして迎えたといい、綱敷天神とも称せられるという。天満宮は和歌浦天神山(標高約93m)の中腹に位置し、菅原道真を祀り、和歌浦一円の氏神として尊崇されている。 |
| ご利益 | |
| 体験 |
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