はぜたにじんじゃ
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前を車で通ることはあってもなかなか今まで立ち寄れなかった神社。
車を停めていざ石段を登ってみると、予想以上に広かったのでびっくりしました。
非常に歴史が古い神社で、創建は飛鳥時代(603年)だそうです。
社務所は閉まっており無人でした。

県道65号線沿いにある鳥居。
平成12年に県道拡幅工事のため新築されたそうです。
この鳥居の左側に車を数台停めることができます。


由緒書き
読みにくくてすみません。

手水


境内から見た拝殿

拝殿

本殿

ご神木のヒノキ

身代わり不動
阪神・淡路大震災のときに落下して損傷したようですが、この地域での震災被害は比較的軽かったようで、この狛犬さんが身代わりになって助かったということのようです。


妙見宮

妙見宮


四体末社
天王大神、稲荷大神、猿田彦大神、牛頭天王大神が祀られています


境内
写真の右側の辺りで弓引神事が、毎年3月の第2日曜日に行われるようです。

歌碑


源義経がヒヨドリの逆落としの途上に立ち寄り、作戦を練るために腰掛けたという「腰掛石」

能舞台
義経腰掛け石がある「櫨谷神社」
兵庫r65神戸加古川姫路線沿い。そんな立派な名前なんだ...大きな工場や農協がありまとめて農業公園の道で通じる。交通量そこそこ多い。
鳥居横に2〜3台停めるスペースあり。
鳥居横に由緒あり。階段を登り、左手に御手水、右手にトイレと能舞台。
ちょっとだけ階段を登り、正面が拝殿。
拝殿右手にもう一つ御手水、看板、石碑、腰掛け石。
拝殿左手に古い狛犬、末社。境内は妙見山の中腹になるのでそのまま妙見山へ登れる。
結構立派だが無人で、いたるところにセコムの文字。
治承八年一ノ谷の戦いへ向かう義経一行が櫨谷神社で駐屯し、馬にすぐ横を流れる「友清川」の水を飲ませ、兵にも休息を取らせた。義経が作戦を練るために腰掛けた「腰掛け石」がある...だそうだ。
義経が行ったとされる弓引きが、当社の伝統行事として残るとか。
ちょっと座るかと思えるぐらい適度な大きさの腰掛け石。

鳥居

拝殿

本殿。裏は椿

末社

近い近い狛犬

義経の腰掛け石
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|歴史
当神社は人皇第三十三代(603)推古天皇御宇十一年癸亥九月九日勧請され明治七年二月明石郡枦谷村、村社に加列大正六年五月内務省令による神社指定を兵庫県知事より受け、昭和二十七年宗教法人櫨谷神社の法人登記をなし現在に至る本社殿の外境内地内建物として稲荷社、能舞台、参集殿あり
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| 名称 | 櫨谷神社 |
|---|---|
| 読み方 | はぜたにじんじゃ |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》大日孁命,天児屋根命,吉備津彦命,国常立尊,瓊瓊杵尊,誉田別尊,建御名方命 |
|---|---|
| 創建時代 | 伝・推古天皇御宇十一年(603) |
| ご由緒 | 当神社は人皇第三十三代(603)推古天皇御宇十一年癸亥九月九日勧請され明治七年二月明石郡枦谷村、村社に加列大正六年五月内務省令による神社指定を兵庫県知事より受け、昭和二十七年宗教法人櫨谷神社の法人登記をなし現在に至る本社殿の外境内地内建物として稲荷社、能舞台、参集殿あり |
| ご利益 | 五穀豊穣 |
| 体験 | 武将・サムライ |
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