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摂津国島下郡の式内社です。御祭神は天照大神さま他9柱で、明治の神社合祀政策によって近隣の小社を合祀して現在に至ります。社名は水の流れを意味する「走」が谷などに流れ"落ちる"様を意味しているとされます。同郡の式内社が高槻・茨木・吹田に集中しているのに対し唯一豊能町にあるのは、山寄りの川の上流・水源に関連しているからと思われます。

《一の鳥居と社号碑》
滋賀県長浜市にも同名社がありますが、御祭神は違っています。社名の由来は同じなのかもしれません。

《二の鳥居》

《参道の杉》
根元で3本に分岐して生えていたようですが、1本切り落とされてます。
神社によっては杉の木は7本くらいまで分岐して生えていることが多いですよね。


《手水舎》
水は流れており、うっすら氷が…洗ひつるここも…(略)

《由緒書き》
👁チェックポイント‼️
当社の由緒は少し複雑で、上述の神社合祀後に現社名になり、それまでは小玉神社と呼ばれていました。
元々式内社・走落神社は切畑・木代・大円の3つの村の鎮守社で、鎌倉以降に御祭神を分散させて小玉宮(木代)、走湯天王社(切畑)、藤森神社(大円)を建てました。
その後神社合祀政策によって上記3社を含めた8社を小玉宮に合祀したことでかつての御祭神の構成に戻ったため、社名を復したんだそうです。
現在の鎮座地は昔も同じく豊能郡でしたが、合祀された藤森神社、走湯天王社が島下郡の郡域であった歴史があることから走落神社の鎮座地の疑問点が解消されるようです。

《拝殿》🙏
破風が二重についているのが特徴的ですね。

《御朱印》
御朱印はやってないとの情報でしたがなんと書置きが拝殿前に!!
どうも現在の宮司さんがご高齢で、社務は能勢町の野間神社の宮司さんが代行されているとのことで、方針が変わったようです。

《幣殿》
けっこう大きいですね。

《本殿》
本殿は合祀した藤森神社から移設したものだそうです。

《合祀社》
出雲大社、金比羅権現、八幡宮、大河大明神、大原大明神と並んでいます。

《護国社》

《蔵》

《石灯籠》
合祀された天武天皇宮にあったものを移設したようです。参道の鳥居も合祀された神社から移設されており、合祀される各社の痕跡をどうにか残そうとする意志が感じられます。

《お手洗い》
奥に温室のようなものが見えます。

《秋葉清正公社》
この地域一帯が加藤清正公の領地だったらしく、近隣には清正公の霊を祀った清正公堂があります。

《社務所》
普段は無人のようです。ご高齢のようですからね…
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| 名称 | 走落神社 |
|---|---|
| 読み方 | はしりおちじんじゃ |
| 通称 | 木代走落神社 |
| 参拝時間 | 参拝自由 |
| 参拝にかかる時間 | 約10分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印帳に直書き | なし |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 《主祭神》 天照皇大神 建速素盞嗚尊 少彦名命 《合祀神》 稲倉魂神 五十猛大神 水波能売神 白山姫神 応神天皇 天武天皇 武内宿禰命 |
|---|---|
| ご神体 | 不詳 |
| 創建時代 | 不詳 |
| 創始者 | 不詳 |
| 本殿 | 三間社流造 |
| ご利益 | 病気平癒安産祈願・子宝厄除け交通安全家内安全勝負運五穀豊穣 |
| 体験 | 御朱印祭り伝説 |
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