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たんざんじんじゃ

談山神社
奈良県 桜井駅

8:30~16:30(最終受付)最終拝観:17時まで

御朱印(1種類)

談山神社では、「談山明神」と「福禄寿神」の2種類の御朱印をいただけます。 
そのなかからホトカミに投稿された「談山明神」の御朱印を紹介します。
また、時期によって特別御朱印が頒布されています。

談山明神の御朱印

談山明神の御朱印

300円
真ん中に談山明神と書かれ、真ん中に談山神社の印が押されています。
談山神社は、飛鳥時代に藤原鎌足の長子である定慧(じょうえ)が鎌足の遺骸を由縁の深い大和国多武峰に移し、十三重塔(国重要文化財)と堂舎(現在の神廟拝殿)を建立して妙楽寺と号したのが始まりとされています。
以後、醍醐天皇からは談山権現の号を、後花園天皇からは談山大明神の号を賜り、国家を鎮護する神として大きな崇敬を得てきました。
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御朱印について御朱印
あり
限定
あり
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

巡礼

その他の巡礼の情報

神仏霊場巡拝の道37番(奈良24番)
大和七福八宝めぐり

おすすめの投稿

ana11692
ana11692
2023年06月10日(土)324投稿

奈良県桜井市 多武峰にご鎮座されます談山神社にご参拝させていただきました🥹🙏👏🌿
高龗神たかおかみのかみ(龍神)さまの龗神社おかみじんじゃ(龍神社 末社)の滝前で 畏かしこみ畏かしこみ身滌大祓みそぎのおおはらいをご奏上させていただき 古い邪念の溜たまった天然石のブレスレットを手にかざしながら滝しぶきを手に浴びてブレスレットをリセットしていただきました🥹🙏👏🌿またこの霊地にご参拝させていただけたことに感動して少し涙🥲しました🥹🙏👏🌿当時 境内を歩いて 龍ヶ谷にさしかかった時 谷の上の方から呼ばれている感じがして見上げるとお社があり それが龗神社おかみじんじゃなんだと知って驚いたのをあらためて思い出します🥹🙇🏻‍♂️👏🌿
「感動で涙を流すと 自分の波動が上がって それにより 体によい影響があって 低波動の悪いものが落ちてスッキリしたり 免疫力が上がって 体調がよくなったりする」(識子.S)その通りなんだなぁと思いました☺️👏🙏🌿ありがたいことです🥹👏🙏🌿神さまに届きましたでしょうか🥹👏🙏🌿
(龍神さまの🐉滝しぶきを浴びると普通ではとれない水晶や天然石などに溜まった古いものを一気にリセットしていただけるらしいです😊🙏👏🌿)
すっきりさせていただきました☺️🙏👏🌿
ありがとうございます🥹🙇🏻‍♂️👏🙏🌿

精進してまたご参拝させていただけますように🥹🙇🏻‍♂️👏🙏🌿

談山神社の御朱印

社務所の方 たいへん親切にして
いただきました🙇🏻‍♂️🥹👏🙏🌿

談山神社(奈良県)
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例祭・神事

蹴鞠祭

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歴史

舒明・皇極二代の天皇の世、蘇我蝦夷と入鹿親子の勢力は極まって、国の政治をほしいままにしていました。 この時、中臣鎌子(後の藤原鎌足公)は強い志を抱いて、国家の正しいあり方を考えていました。
たまたま飛鳥の法興寺(今の飛鳥寺)で蹴鞠会(けまりえ)があったとき、 聡明な皇太子として知られていた中大兄皇子(後の天智天皇)にまみえることができ、 西暦645年の5月、二人は多武峰(とうのみね)の山中に登って、「大化改新」の談合を行いました。 後にこの山を「談い山」「談所ヶ森」と呼び、談山神社の社号の起こりとなりました。
ここに鎌足公は真の日本国を発想し、日本国が世界に誇る国家となるため、一生涯を国政に尽くしました。 天智天皇8年(669)10月、鎌足公の病が重いことを知った天智天皇は、みずから病床を見舞い、 大織冠(たいしょくかん)を授けて内大臣に任じ、藤原の姓を賜りました。 藤原の姓はここに始まります。
鎌足公の没後、長男の定慧和尚は、留学中の唐より帰国、父の由縁深い多武峰に墓を移し、十三重塔を建立しました。 大宝元年(701)には神殿が創建され、御神像をお祭りして今日に至ります。

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談山神社の基本情報

名称談山神社
読み方たんざんじんじゃ
通称多武峯妙楽寺
参拝時間

8:30~16:30(最終受付)最終拝観:17時まで

参拝料

600円

御朱印あり
限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号0744-49-0001

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.tanzan.or.jp/
絵馬あり
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巡礼の詳細情報

詳細情報

ご祭神《主》藤原鎌足
本殿三間社隅木入春日造
ご由緒

舒明・皇極二代の天皇の世、蘇我蝦夷と入鹿親子の勢力は極まって、国の政治をほしいままにしていました。 この時、中臣鎌子(後の藤原鎌足公)は強い志を抱いて、国家の正しいあり方を考えていました。
たまたま飛鳥の法興寺(今の飛鳥寺)で蹴鞠会(けまりえ)があったとき、 聡明な皇太子として知られていた中大兄皇子(後の天智天皇)にまみえることができ、 西暦645年の5月、二人は多武峰(とうのみね)の山中に登って、「大化改新」の談合を行いました。 後にこの山を「談い山」「談所ヶ森」と呼び、談山神社の社号の起こりとなりました。
ここに鎌足公は真の日本国を発想し、日本国が世界に誇る国家となるため、一生涯を国政に尽くしました。 天智天皇8年(669)10月、鎌足公の病が重いことを知った天智天皇は、みずから病床を見舞い、 大織冠(たいしょくかん)を授けて内大臣に任じ、藤原の姓を賜りました。 藤原の姓はここに始まります。
鎌足公の没後、長男の定慧和尚は、留学中の唐より帰国、父の由縁深い多武峰に墓を移し、十三重塔を建立しました。 大宝元年(701)には神殿が創建され、御神像をお祭りして今日に至ります。

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