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げんくろういなりじんじゃ

源九郎稲荷神社
奈良県 近鉄郡山駅

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ana11692
ana11692
2023年03月04日(土)324投稿

奈良県大和郡山市 洞泉寺町の源九郎稲荷神社にご参拝させていただきました🥹👏🙏🌿
こじんまりとした とてもほっこりできる神社でご祭神 源九郎稲荷大明神 霊狐さまが非常に高い霊格でいらっしゃるため とても明るい空気の神社です⛩️🥹👏🙏🌿
あいかわらずお稲荷さんの卵の子狐さんたちが わんさかいて🦊🎏🚼 教育役の優秀な一の眷属さまもしっかりした目線でご鎮座されていました🥹🙏👏🌿(子狐さんたちを一人前のお稲荷さんに育てあげて全国の稲荷神社に派遣する役目を担になっているそうです😲🦊🌿識子.S) またいつものように 子狐さんたちの わいわいガヤガヤの声が 聞こえてきそうでした☺️🙏👏🌿

ご祭壇に向かい畏かしこみ畏かしこみ身滌大祓みそぎのおおはらいを奏上させていただきました🥹👏🌿また 「よかった よかった」と声が聞こえたように感じました🥹👏🌿🦊神さまに届きましたでしょうか🥹👏🙏🌿

きょうはずっと鳩🕊️はとが ついてきてくれました🥹🙏👏🌿

久しぶりのご参拝でしたが ピンクの梅🌸がとてもきれいで お雛ひな祭りのお雛ひなさま人形が一面に並ならばれていて すごく ほっこりできました😊🥹🙏🌿

精進して またぜひ健康にご参拝させていただけますように🥹👏🙏🌿

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歴史

童謡に『大和の大和の源九郎さん遊びましょう』というのは当社のことで、その名は広く世に伝わり神徳広大であります。いまその御徳を古書から抜粋いたしますと、
 一、当社の祭神は宇迦之御魂神(保食社ともいう)で、伊勢外宮・伏見稲荷大社の御主神と御同体であり、万民の生活上一日も欠く事のできない五穀豊饒・商売繁昌・家内安全・厄除開運・交通安全の守護神で、あまねく世人の崇敬する所であります。
 一、天智天皇の白鳳年間、平群の真鳥が叛逆を企て、帝位を奪おうとした時、大伴金道麿が逆賊誅伐の勅命を承わり天地神明を念じ、特に寛平稲荷(当社祭神のはじめの御名)を祈って出陣した。明神はたちまち武人と化し、数多の白狐を遣い、この大敵真鳥をち平らげたので天下は平静となった。(大伴真鳥実記14冊の中巻八)
 千本桜の狐忠信というのは、この源九郎稲荷の化身である。九郎判官義経は日頃深くこの明神を信仰し、神護により、しばしば奇異の戦功を著されたことは、人のよく知る所である。その奥州に下られた時、訣別の徴として源九郎の名を贈られたというのが源九郎稲荷と称する所以である。(真鳥実記巻八、二十三丁)
一、天正年間、大和大納言豊臣秀長卿(秀吉の異母弟百二十万石)もまた深くこの神を崇敬し、郡山城築城の際、その守護神として、遠く吉野川のほとりよりこの地に移し給いて奉斉せられました。その後の城主・町民にも信仰厚く、盛大な祭典を執行し、献納の品々が多かった。(洞泉寺記録)
一、元和元乙卯年四月二十七日夜、豊臣の家臣大野治房が数万の軍勢を率いて大和に入り、郡山城を攻撃した。時の城主、筒井定慶は籠城叶わず終に落城し、この時、巽の方に払炎龍が水を吐いたので兵火を免がれた。これは全く源九郎稲荷の加護によるものである。(洞泉寺縁起)
一、幕末の郡山藩主、柳沢保申公にも常々御参詣せられ「保食社」の額を奉納して、御神徳に感応せられました。
 その尊崇の深く神徳景仰の大いなることが偲ばれ、日本三社稲荷の名称が冠せられている。

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源九郎稲荷神社の情報

住所奈良県大和郡山市洞泉寺町15-3
行き方

近鉄樫原線 近鉄郡山駅より徒歩10分
JR関西本線(大和路線) 郡山駅より徒歩10分

源九郎稲荷神社の基本情報

名称源九郎稲荷神社
読み方げんくろういなりじんじゃ
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号0743-55-3830

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://gennkurouinari.jimdo.com/
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》宇迦之御魂神(保食神)
源九郎稲荷大明神
ご神体まい
ご由緒

童謡に『大和の大和の源九郎さん遊びましょう』というのは当社のことで、その名は広く世に伝わり神徳広大であります。いまその御徳を古書から抜粋いたしますと、
 一、当社の祭神は宇迦之御魂神(保食社ともいう)で、伊勢外宮・伏見稲荷大社の御主神と御同体であり、万民の生活上一日も欠く事のできない五穀豊饒・商売繁昌・家内安全・厄除開運・交通安全の守護神で、あまねく世人の崇敬する所であります。
 一、天智天皇の白鳳年間、平群の真鳥が叛逆を企て、帝位を奪おうとした時、大伴金道麿が逆賊誅伐の勅命を承わり天地神明を念じ、特に寛平稲荷(当社祭神のはじめの御名)を祈って出陣した。明神はたちまち武人と化し、数多の白狐を遣い、この大敵真鳥をち平らげたので天下は平静となった。(大伴真鳥実記14冊の中巻八)
 千本桜の狐忠信というのは、この源九郎稲荷の化身である。九郎判官義経は日頃深くこの明神を信仰し、神護により、しばしば奇異の戦功を著されたことは、人のよく知る所である。その奥州に下られた時、訣別の徴として源九郎の名を贈られたというのが源九郎稲荷と称する所以である。(真鳥実記巻八、二十三丁)
一、天正年間、大和大納言豊臣秀長卿(秀吉の異母弟百二十万石)もまた深くこの神を崇敬し、郡山城築城の際、その守護神として、遠く吉野川のほとりよりこの地に移し給いて奉斉せられました。その後の城主・町民にも信仰厚く、盛大な祭典を執行し、献納の品々が多かった。(洞泉寺記録)
一、元和元乙卯年四月二十七日夜、豊臣の家臣大野治房が数万の軍勢を率いて大和に入り、郡山城を攻撃した。時の城主、筒井定慶は籠城叶わず終に落城し、この時、巽の方に払炎龍が水を吐いたので兵火を免がれた。これは全く源九郎稲荷の加護によるものである。(洞泉寺縁起)
一、幕末の郡山藩主、柳沢保申公にも常々御参詣せられ「保食社」の額を奉納して、御神徳に感応せられました。
 その尊崇の深く神徳景仰の大いなることが偲ばれ、日本三社稲荷の名称が冠せられている。

ご利益
体験
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