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女人堂のすぐ近くに小杉明神社がありました。
大きな杉の木の下に鎮座されています。
大きな杉なのに小杉?
これは偶然で 小杉さんを祀っています。
駒札(?)にこう書かれていました。
その昔 越後の国に本陣宿紀の国屋があり そこに小杉さんという娘さんがおりました。
数奇な人生を送られましたが お大師様に救われ 尼僧になられて 女人禁制の高野山に登って来られる女人の方々のために不動坂上に最初の女人堂を開かれ やさしい接待をされておりました。
その小杉さんが 女人堂の鎮守小杉明神としてお祀りされている祠です。
ということは 尼僧も高野山には入れなかったということでしょうか。
女人禁制のルール 厳しかったんですね。
ネット情報です。
小杉明神社は 和歌山県高野山女人堂敷地にある祠(地蔵堂)である。
文永年間(1264-74) 越後の国の本陣宿紀の国屋に小杉という器量の良い娘がいた。
ある日 小杉自筆の「今日はここ明日はいづくか行くすえのしらぬ我が身のおろかなりけり」との句が書かれた屏風が 三島郡出雲崎代官職植松親正の目に留まり その縁で嗣子・信房と結婚することになるが 継母の画策で不貞疑惑をかけられた。
厳格な親正は「殿さまへのお詫びがたたぬ」と小杉を鳩が峰に連れて行き 両手指を切って谷底に落とした。
弘法大師の加護で命は助かり 山中で熊と共に生活していたところ 信房と再会して結婚し一子を授かった。
その後また継母の邪魔に遭い 夫と離された上 信州の山で襲われ 子供の杉松が亡くなってしまった。
杉松の遺髪を持ち 高野山に来たが 女人禁制で入山は許されなかった。
小杉は 子のために貯めたお金で 女性のため高野山不動坂口に籠もり堂を建て 参詣で訪れた女性を接待するようになった。
これが高野山女人堂の始まりといわれている。
小杉明神社は 江戸時代に建立されたもので この小杉を女人堂の鎮守として祀っている。

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