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東京メトロ南北線 猫御朱印巡り😺 寄り道編①
三社目は寄り道をして王子神社様へお参りに行って来ました😊
【王子神社】
創建は詳らかではありませんが、源義家の奥州征伐の折、当社の社頭にて慰霊祈願を行い、甲冑を納めた故事も伝えられ、古くから聖地として崇められていたと思われます。その後、元亨2年(1322年)、領主豊島氏が紀州熊野三社より王子大神をお迎えして、改めて「若一王子宮」と奉斉し、熊野にならって景観を整えたといわれます。それよりこの地は王子という地名となり、神社下を流れる石神井川もこの付近では特に音無川と呼ばれています。
戦国時代、当地の領主となった小田原北条氏も当社を篤く崇敬し、朱印状を寄せて社領を安堵しております。
徳川時代に入ると初代家康公は天正19年(1591年)、朱印地二百石を寄進し、将軍家祈願所と定めました。二百石は当時としては広大な社領で、それより代々将軍の崇敬篤く、「王子権現」の名称で江戸名所の1つとなります。
三代家光公は寛永11年(1634年)、新たに社殿を造営、林羅山に命じて縁起絵巻「若一王子縁起」三巻を作らせて当社に寄進しました。その後も五代綱吉公が元禄16年(1703年)、十代家治公が天明2年(1782年)、十一代家斉公が文政3年(1820年)と造営修繕された社殿は秀麗な権現造りで、境内には神門、舞殿などをそなえ、摂末社も17社を数えていました。
特に八代吉宗公は紀州徳川家の出自で、この地に紀州ゆかりの当社があることを大いに喜び、元文2年(1737年)に飛鳥山を寄進、桜を多く植えて江戸庶民遊楽の地としました。これが今に残る花の飛鳥山(現 飛鳥山公園)の基となったもので、現在も桜の季節には多くの花見客で賑わっています。
明治元年、明治天皇は新たに首都となった東京を守護し、万民の安寧を祈るため、准勅祭社を定めました。当社もこの東京十社に選ばれ、以来、東京の北方守護として鎮座しております。
戦前は「太田道灌雨宿りの椎」と伝えられる巨木を始め、多くの樹木が茂り、勝海舟の修行話も伝えられております。戦災でほとんどを焼失致しましたが、1本だけ奇跡的にイチョウの木が生き残りました。樹齢600年とも伝えられるこの大イチョウは、東京都の天然記念物にも指定されております。
戦後は氏子一同、復興に努め、昭和39年の第一期、昭和57年の第二期造営を経て、黒塗りと金箔をほどこした壮大な権現造りとして社殿を再建、境内を整えて現在の景観となっております。
ー王子神社HPよりー

通年御朱印

☆大鳥居⛩️☆
高さ約8.6mの大きさは、石造りの鳥居としては都内有数のもので、茨城県稲田産の御影石を使っています。戦災で焼失した神門の場所に立てられており、境内神域をお守りしています。






Established during the Kamakura period, most likely around 1321–1324, the shrine gives the name of "Ōji" to this area of the city. Most of the original buildings in the shrine precincts were destroyed during World War II, and were rebuilt from the late 50s to 1982.
It is notable for its giant ginkgo tree,suspected to be 600 years old and designated a Natural Monument in 1939, and for its annual festival (held in August), which includes a mikoshi parade and a performance of dengaku dance.
It is one of the Tokyo Ten Shrines (東京十社, Tokyo Jissha), of which it has been designated as the "northern protector shrine".
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