王子神社 (おうじじんじゃ)東京都 王子駅

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  • 名前:アロエ アロエ

    2017.05/04 王子神社お参りして、御朱印頂きました。 待ってる間に中でもふもふのにゃんこが窓口を行ったり来たり。 サービスタイム?萌えるわ〜 毛塚がありました。 毛の薄い友人と、美容師やってる友人に写メ送りました(笑)

    2 0 2017年08月12日

    名前:ayaka ayaka

    飛鳥山散策日に王子神社に巡り会いました。 音無親水公園の上にある神社で、夏休み中だからか公園の川で水あそびに来た親子が気軽に立ち寄っていきます。 また、子守犬『こまいぬ』を発見して嬉しくなりました。 参拝後...もっと読む

    2 2 2017年07月30日

    名前:Murakami Taro Murakami Taro

    十社参りでいただきました 石神井川のほとりの高台の神社です

    4 0 2017年06月28日

  • 王子神社 の写真一覧

  • 王子神社 の位置情報

    住所 北区王子本町1-1-12
    最寄り駅 王子駅

王子神社 の基本情報

名前 王子神社
通称 王子権現
読み方 おうじじんじゃ
本尊・御祭神 《主》伊邪那美命,伊邪那岐命,天照大御神,速玉之男命,事解之男命
歴史 創建は古くに紀州の熊野権現を勧請し、元亨年中、当地領主豊島氏が「若一王子宮」を改めて奉斎した。「王子」の地名はここに由来し、付近では熊野川に倣い石神井川を特に「音無川」と呼んでいる。豊島氏以後は小田原北条氏も当社を崇敬し、朱印状を寄せ社領を寄進している。近世徳川氏の代、初代家康公は天正19年、200石の朱印地を寄進し、将軍家祈願所と定めた。この後代々将軍の崇拝を受け、「王子権現」の名で江戸名所の一つとなる。三代家光公は寛永11年、社殿を造営し、また林羅山に命じて当社縁起「若一王子縁起絵巻」を作らせている。八代吉宗公は紀州出身で、紀州熊野権現の勧請である当社を崇敬し、元文2年に飛鳥山を寄進。桜を多く植えて、庶民遊楽地とした。これが今日の「花の飛鳥山」となった。曾て社殿は森深く昼なお暗い幽寂地であり、「太田道灌雨宿の椎」をはじめ、勝海舟の練胆話も伝えられている。現在の社殿は戦後復興したもので、昭和57年に、壮大な権現造として竣工した。8月斎行の例大祭は「槍祭」とも称する。祭礼日、神前の小槍を持ち帰り家に掛け置くと「運を開き、災を除く」といわれる。また伝承では、家光将軍就任を祈願し、乳母春日局も当社に槍を奉納したと伝えられる。祭礼は3日間続き、故事に基づき、「御槍」の授与があり「大祭式」「御輿渡御」「田楽舞」と諸儀式が行われる。例大祭に奉納される「王子神社田楽舞」は貴重な儀式を含み、各地の田楽の中で、最も古雅なる一つといわれる。昭和58年に40年ぶりに復興し、昭和62年に「北区無形文化財」に指定された。「王子田楽衆」の手になるもので8人の稚児舞である。儀式は「田楽行列」に始まり「露払」「七度半」と続き、「田楽十二番」奉納となる。一・中門口(ちゅうもんぐち)、二・道行腰筰(みちゆきこしささら)、三・行違腰筰(ゆきちがいこしささら)、四・背摺腰筰(せすりこしささら)、五・仲居腰筰(なかいこしささら)、六・三拍子腰筰(みつびょうしこしささら)、七・黙礼腰筰(もくれいこしささら)、八・捻三度(ひねりさんど)、九・中立腰筰(なかたちこしささら)、十・搗筰腰筰(つきささらこしささら)、十一・筰流(ささらながし)、十二・子魔帰(こまがえし)。また曾ては、縁起物の田楽花笠争奪が凄まじく、天下御免の「喧嘩祭」として、異名を取っていた。1二月6日に、当社に市が立ち「熊手市」と呼ばれる。東京最後の「酉の市」であり、多くの熊手露店が立つほか当社からも「熊手守」が授与されて、終日大いに賑わう。
住所 東京都北区王子本町1-1-12

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