げんかくじ|浄土宗
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地下鉄春日駅の目の前なのだが、地下鉄の出口を間違えると大変な事になるのだ。出口8!!
間違えないように・・・
こちらのお寺。江戸時代からの敷地が広かったのもあるのだろうが、地下鉄駅前で車の便も良い都道301号線と立地が良い。奥まっていてわかりにくいお寺とは違うのだ。
ということで、戦後に建てられた本堂は上の写真を観たらわかるようにビル?マンション?
道路に面した側の棟は1階に中華料理店や松屋などが入っている。
小石川ハイムという11階建てのマンションである。
ううむ。都会のお寺はやはり違うなあ。
と、本堂は現代的であるが、江戸時代から残されている本尊や閻魔像などは、うん、お寺に来たなというものであった。
当寺院の別称にもなっている「こんにゃくえんま像」は、鎌倉時代、運慶派の仏師の作と推定される、像高100.4センチの木造閻魔王坐像である。像内に寛文12年(1672年)の修理銘がある。文京区指定有形文化財になっており、文京区内にある仏像でも古いものに属する。閻魔像の右側の眼が黄色く濁っているのが特徴。
右側の目が濁っていることについては以下のような伝説がある。宝暦年間(1751年 – 1764年)に一人の老婆が眼病を患いこの閻魔大王像に日々祈願していたところ、満願の夜、老婆の夢に閻魔大王が現れ、「我、日月にも等しい両眼のうち一つをえぐり取って汝に授くべし(=我が片眼を汝に与えよう)」と告げたという。その後、老婆の眼はたちまちに治り、以来この老婆は感謝のしるしとして自身の好物である「こんにゃく」を断って、ずっと閻魔大王に供え続けたという。以来この閻魔王像は「こんにゃくえんま」「身代わり閻魔」の名で人々から信仰を集めている。現在でも眼病治癒などのご利益を求め、閻魔像にこんにゃくを供える人が多い。また毎年1月と7月には閻魔例大祭が行われる。
こちらのお寺の方の話によると、
こんにゃく=困厄
だそうで、こんにゃくを閻魔さまに捧げることで自分の困難や厄を取り去ってもらうという事なのだそうだ。
おいおい。ホームページやお寺の受付では、相変わらずコロナを怖がっているんだが。。。
閻魔さまの方が怖いわーー。
春日は、徳川家光の乳母、春日局からの由来の地名であるが、この辺りは江戸時代に発展した街であり、家康の信仰する浄土宗王国だ。
江戸の町を垣間見る瞬間であった。
追加
夏目漱石「こころ」にも登場するお寺だ。
「十一月の寒い雨の降る日の事でした。私わたくしは外套がいとうを濡ぬらして例の通り蒟蒻閻魔こんにゃくえんまを抜けて細い坂路さかみちを上あがって宅うちへ帰りました。Kの室は空虚がらんどうでしたけれども、火鉢には継ぎたての火が暖かそうに燃えていました。私も冷たい手を早く赤い炭の上に翳かざそうと思って、急いで自分の室の仕切しきりを開けました。すると私の火鉢には冷たい灰が白く残っているだけで、火種ひだねさえ尽きているのです。私は急に不愉快になりました。
その時私の足音を聞いて出て来たのは、奥さんでした。奥さんは黙って室の真中に立っている私を見て、気の毒そうに外套を脱がせてくれたり、日本服を着せてくれたりしました。それから私が寒いというのを聞いて、すぐ次の間まからKの火鉢を持って来てくれました。私がKはもう帰ったのかと聞きましたら、奥さんは帰ってまた出たと答えました。その日もKは私より後おくれて帰る時間割だったのですから、私はどうした訳かと思いました。奥さんは大方おおかた用事でもできたのだろうといっていました。
先生の遺書より
現代的な本堂の前にはアメリカディゴの紅い花。
閻魔堂、毘沙門天と、ここは紅いイメージのお寺だ。
残暑すぎ 紅き閻魔に 江戸を観る
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代田八幡神社のふくちゃんの他に、欲深なワタクシは源覚寺さん〜通称「こんにゃく閻魔さん」にやって来ました。
コチラもね、♥️ぽぱいさんの投稿で知ったガチャガチャの「えんまみくじ」が欲しくてネ☺️
眼病を患ったおばあさんに自分の右目をあげたという、心優しい片目の閻魔大王。
ワタクシもご幼少のみぎりに片目を失くしましたので、残りの片方(右目)がこの先もちゃんと見えてくれますようにと願いを込めて、閻魔さんが欲しかったのであります😘
ところが〜〜〜っ
もうガチャ、やってないンだってェ💔💔💔😭残念

東京ドームに程近い大都会の真ん中にあっても、境内は緑豊かなオアシス風。
御手水も清らかに音を立ててます。

真っ赤な閻魔堂。
ワタクシは閻魔さんのように憤怒系の仏様が大好きなんでアチコチお詣りするんですが、どこの閻魔さんもお顔が赤❗️これはハテなにゆえ赤なのか❓
調べましたところ、怒りで赤くなってるだけぢゃないンですね。
地獄に落ちた亡者が受ける責苦を閻魔さんも一緒に受けとめて苦しんでくださるからなんですと。
いやー、ホンマに、さんきゅーそうまっち❣️


源覚寺(げんかくじ)は、東京都文京区小石川にある浄土宗の寺院で、山号は「常光山」です。通称「こんにゃくえんま」として知られ、眼病治癒や身代わりのご利益を求める多くの参拝者を集めています。寛永元年(1624年)に定誉随波上人によって創建され、長い歴史を持つ寺院です。
● 寺院の歴史と試練
創建以来、源覚寺は「明暦の大火」(1657年)や「天保の大火」(1848年)など、江戸時代に四度も大火に見舞われました。しかし、本尊である阿弥陀三尊像や閻魔大王像はすべての災害を免れ、無事に守られてきました。また、関東大震災や第二次世界大戦の東京大空襲でも大きな被害を受けず、現在に至ります。現在の本堂は1979年に再建されたものです。
● こんにゃくえんまの伝説
源覚寺の閻魔大王像は、鎌倉時代に運慶派の仏師によって作られたとされる高さ100.4センチの木造坐像です。この像が「こんにゃくえんま」と呼ばれるようになった由来は、宝暦年間(1751年~1764年)にまでさかのぼります。眼病に悩む老婆が祈願した際、閻魔大王が夢に現れ、自身の右目を与えることで老婆の目を治したという伝説が残っています。老婆は感謝の印として好物のこんにゃくを断ち、それを供え続けたことから、この名前がつきました。
● 寺院の見どころ
境内には閻魔堂があり、閻魔大王像や奪衣婆像、地蔵菩薩像が安置されています。特に「塩地蔵尊」は、患部に塩を塗ることで治癒のご利益があるとされ、多くの参拝者が訪れます。また、小石川七福神の一つである毘沙門天も祀られています。さらに、毎年7月にはほおずき市が開催され、近隣の伝通院の朝顔市とともに賑わいを見せています。
● 汎太平洋の鐘の物語
源覚寺には、元禄3年(1690年)に鋳造された「汎太平洋の鐘」があります。この鐘は一時サイパンに移されましたが、戦争で行方不明となり、1965年にアメリカ・テキサス州で発見されました。その後、1974年に寺院に返還され、現在は除夜の鐘として使われています。




正式名:常光山向西院源覺寺
東京都文京区小石川にある浄土宗の寺院。
別称:蒟蒻閻魔(こんにゃくえんま)、身代わり閻魔
寛永元年(1624) に定誉随波上人によって創建され、特に徳川秀忠、徳川家光から信仰を得ていた。
江戸時代には四度ほど大火に見舞われ、特に天保15年(1848)の大火では本堂などが悉く焼失したといわれている。しかし、こんにゃくえんま像や本尊は難を逃れた。
再建されたのは明治時代になってからだが、その後は関東大震災や第二次世界大戦からの災害からも免れられた。しかし老朽化が進み、現在の本堂は1979年に再建されたものである。
本尊は阿弥陀三尊(阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩)だが、小石川七福神のひとつで毘沙門天も祀っている。
例年7月には「ほおずき市」が開催される。

恒例になってきた仕事の入り時間前の1参拝lol
こっからは文京区巡り。ラー活で行った魚雷の
目の前。その時は御朱印巡りをしてなかった
ので気にして無かった…
卍 文京区 春日 "常光山 源覚寺"
千川通り沿い。境内Pは2ヶ所あるみたい。
東京メトロ春日駅、後楽園駅からスグ。
浄土宗のお寺。
なんと言っても蒟蒻をお供えする"こんにゃく
閻魔"(pic1,2)が有名で街ブラの番組でも何度も
お見かけするほど。
左手にはビル型の本堂、右側には小石川七福神
の"毘沙門天"(pic3)、塩を塗ってお参りする
"塩地蔵尊"(pic4)等 見所沢山。緑も多くて涼しい。
御朱印は参道にあるお札所。開くまで少し
時間があったのですが対応して頂きました。
6種類あってお願いしたのが直書きの
"こんにゃくえんま"と"毘沙門天"。
切り絵の他、特別御朱印のこんにゃくえんまは
エンボス箔押しになっていて顔が光沢と凹凸が
ある珍しい物も… 惹かれましたぁlol
とゆー事で清々しい気持ちに
なって仕事に向かいましたぁlol

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