いけがみほんもんじ|日蓮宗
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楽しみ方池上本門寺のお参りの記録一覧
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りる
2026年01月18日(日)102投稿

タンホイザ
2023年04月19日(水)3869投稿

みかん🍊
2023年03月22日(水)201投稿

Kazu
2023年02月05日(日)2056投稿

vajra.bhairava
2022年10月10日(月)794投稿

竜王
2022年10月09日(日)1992投稿
正式名:長栄山大国院本門寺
通称:池上本門寺
東京都大田区池上にある日蓮宗の大本山であり、古くより池上本門寺と呼ばれてきた。また日蓮入滅の霊場として日蓮宗の十四霊蹟寺院のひとつとされ、七大本山のひとつにも挙げられている。
弘安5年(1282)9月8日、病身の日蓮は身延山を出て湯治のために常陸へ向かい、9月18日に武蔵国池上郷(東京都大田区池上)の池上宗仲の館に到着し、生涯最後の20数日間を過ごすこととなる。
同年同月に、池上氏館の背後の山上に建立された一宇を日蓮が開堂供養し、長栄山本門寺と命名したのが池上本門寺の起源という。
同年10月13日に日蓮が没すると、池上宗仲は法華経の字数(69,384)に合わせて六万九千三八四坪を寺領として寄進し寺院の基礎が築かれ、以来「池上本門寺」と呼びならわされている。その後は日蓮の弟子・日朗が本門寺を継承した。
本門寺は鎌倉・室町時代を通じて関東武士の庇護を受け、近世に入ってからも加藤清正や紀伊徳川家等諸侯の祈願寺となり栄えた。
江戸時代、不受不施派を奉ずる本門寺は身池対論を経て久遠寺の傘下に収まった。
第二次世界大戦の空襲によって五重塔、総門、経蔵、宝塔を除く堂宇を焼失したが、戦後順次復興した。

オサッペ
2022年09月18日(日)1635投稿
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