いけがみほんもんじ|日蓮宗
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池上本門寺は、大田区池上にある日蓮宗の大本山の寺院。山号は長栄山。本尊は三宝尊。東国花の寺百ヶ寺・東京4番。日蓮聖人入滅の霊場。
創建は鎌倉時代後期の1282年、病身の日蓮が身延山を出て常陸国に湯治に向かう途中で、武蔵国池上郷の池上宗仲の館に到着し、背後の山頂に建立された一宇を日蓮が開堂供養し、長栄山本門寺と命名したのが起源。20日後日蓮が没すると、池上宗仲が広大な敷地を寺領として寄進し、「池上本門寺」の基礎が築かれ、日蓮の弟子・日朗が継承した。
爾後、当寺は鎌倉時代、室町時代を通じて関東武士の庇護を受け、それ以降も加藤清正や紀伊徳川家など諸侯の祈願寺となって繁栄した。
1945年の米軍による東京大空襲で、五重塔・総門・経蔵・宝塔以外の堂宇を焼失したが、戦後順次復興した。
当寺は、東急池上線・池上駅の北東500mの、住宅地の中にある小山の上にある。広大な敷地に伽藍など様々な建物が並ぶところは、さすが大本山といったところ。
今回は、日蓮宗の大本山ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、地元のご老人衆、階段を駆け上る部活動の若者、一般参拝者から墓参者や信徒まで、いろんな人々が訪れていた。
※後から調べてみると、自分が廻ったのは境内の一部であったことが判明。大どころだと、本殿、多宝塔、日蓮聖人御廟所、大坊本行寺などを見逃したらしい。要再参拝。

境内南端にある、漆黒の<総門>。元禄年間(1688年~1704年)の建立と伝わる。1945年の米軍空襲を逃れた数少ない古建築。

門をくぐると、メイン境内への階段が現れる。<此経難事坂(しきょうなんじざか)>と呼ばれ、慶長年間(1596年~1615年)に加藤清正の寄進によるとされる。『法華経(ほけきょう)』宝塔品(ほうとうぼん)の偈文(げぶん)96文字にちなんで石段を96段とし、偈文の文頭の文字をとって坂名としたもの。地元の運動部の学生らが昇降ダッシュをしていた。








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