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いけがみほんもんじ|日蓮宗

池上本門寺のお参りの記録一覧
東京都 池上駅

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hei
hei
2025年05月28日(水)193投稿

お正月参拝時は授与所がかなり混雑してたので見送ったのですが、今回近くまで訪れたため参拝し御首題お受けしました。

池上本門寺(東京都)

今回は長勝寺さん側から来ました。通りかかった弁天池では釣りされている方も数人いました。

池上本門寺(東京都)

徒歩ではなくシェアサイクル利用なので駐車場のある紅葉坂を上がってきました。

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ひでどらごん
ひでどらごん
2024年09月29日(日)1141投稿

本堂で上を見上げると立派な龍が見られます。ご住職に教えてもらいました。
東京都大田区池上に位置する池上本門寺(いけがみほんもんじ)は、日蓮宗の大本山であり、長栄山を山号、そして大国院を院号としています。日蓮入滅の霊場としても知られ、日蓮宗の十四霊蹟寺院の一つ、さらに七大本山の一つとしても位置付けられています。

●歴史の背景

池上本門寺の歴史は、弘安5年(1282年)にさかのぼります。この年、病を抱えた日蓮聖人は身延山を出発し、湯治のために常陸(現茨城県)へ向かいました。9月18日、武蔵国池上郷(現在の大田区池上)にある池上宗仲の館に到着し、ここでの20数日間を過ごします。日蓮は同年中に、池上氏館の背後にある山上に建立された一宇を開堂供養し、これを「長栄山本門寺」と名付けました。この出来事が、池上本門寺の起源とされています。
日蓮は同年10月13日に没し、池上宗仲は法華経の字数(69,384)にちなんで六万九千三百八十四坪を寺領として寄進しました。これにより、寺院の基礎が築かれ、以後「池上本門寺」と呼ばれるようになりました。日蓮の弟子である日朗がその後、本門寺を継承します。

●武士の庇護と栄華

池上氏館の居館は本門寺の西側の谷一帯にあったと考えられており、今は池上氏館内に建立された持仏堂(法華堂)が本門寺の子院・大坊本行寺の境内として残っています。池上本門寺は、鎌倉時代から室町時代にかけて関東武士の庇護を受け、近世には加藤清正や紀伊徳川家などの諸侯の祈願寺としても栄えました。
江戸時代に入ると、不受不施派を奉じる本門寺は身池対論を経て、久遠寺の傘下に入ることになります。残念ながら、第二次世界大戦の空襲で多くの堂宇が焼失しましたが、五重塔、総門、経蔵、宝塔は無事でした。その後、戦後に順次復興が進められました。

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