りょうぜんじ|高野山真言宗|竺和山(じくわざん)
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【四国八十八ヶ所札所巡り①】
霊山寺(りょうぜんじ)は、徳島県鳴門市大麻町坂東塚鼻にある高野山真言宗の別格本山の寺院。山号は竺和山(じくわざん)、院号は一乗院(いちじょういん)。本尊は釈迦如来。四国八十八ヶ所1番札所・発願寺。
寺伝によると、奈良時代の天平年間(729年~748年)に聖武天皇(在位729年~748年)の勅願寺として行基菩薩が開基。平安時代初期の815年に弘法大師が当寺で37日間の修法を行い、四国八十八箇所の霊場を開くことを祈願、釈迦如来を感得し自らその尊像を彫像して本尊とした。修法の際、仏法を説く一老師をたくさんの僧侶が取り囲み熱心に耳を傾けている光景が、天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が説法をしていた情景と似ていると感じ取り、インドの霊山を和国(日本)に移すという意味で「竺和山霊山寺」と命名された。往時は阿波三大坊の一つとされ荘厳な伽藍を誇ったが、桃山時代の1582年に長宗我部元親の兵火で堂塔を全焼した。江戸時代に入り、阿波藩主・蜂須賀光隆により復興されたが、明治時代の1891年に本堂と多宝塔以外の堂宇をすべて焼失。百年かけて復興された。
当寺は、JR高徳線・坂東駅の北西500mの、主要道路の県道12号線に面した平地にある。樹木に覆われた境内はそこそこの広さだが、たくさんの伽藍や仏像、池を中心にした庭園がぎゅっと集約されていて、見どころがコンパクトに詰まっている。あと、これから四国八十八霊場巡りをする人にとっては、巡礼用品が揃っている当寺納経所での用品購入も楽しみの一つ。どのぐらい「お遍路さん」になり切るかは、ここでの用品準備次第。自分たちの場合、輪袈裟と頭陀袋にとどめ、菅笠と金剛杖は荷物になるのでパスすることにした。
今回は、念願の四国八十八ヶ所札所巡りをスタートするために参拝した。晴れた休日ということもあり、多くの参拝者が訪れていた。
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*ブログの報告より部分抜粋
以前から、もしも行くとしたならば四国の紅葉ピーク時にと考えていましたが、その狙いはほぼ的中したようでちょうど紅葉ピーク直前という感じの状態でした。昨年、11月21日(日)の未明早朝に出発し、新千歳空港からANA(エア・ドゥ)便で神戸空港へ昼前に到着。そこから予約していたトヨタ・レンタリースの車で淡島を走行~鳴門海峡の大渦潮を見下ろしつつ、大鳴門橋を渡ってそのまま四国入り。まずは、ちょうど最近距離の札所となる1番札所『霊山寺』にて不足の遍路用品を追加購入し、早速、お遍路巡礼行の開始です。
日程と母の脚の具合等々から参拝寺院の数はどうしても少なくなるので、せめて読経くらいは1ヶ寺ごと丁寧にしたいものと思い、唱える経文は、四国遍路用の経本『奉納 四国八十八ヶ所(附・御詠歌)』を使用しつつ、「普礼真言~塗香~合掌礼拝~開経偈~懺悔文~三帰・三竟~十善戒~發菩提真言~三昧耶戒真言~般若心経~各札所御詠歌・本尊真言~光明真言~御宝号~大金剛輪陀羅尼~廻向文~普礼真言」の内容としました。読経そのものは問題なくできましたが、ただ荷物から離れてはいけないという強い想いがあるので、その荷物の置き場所と他の参拝者の邪魔とならない場所をそのつど見つけることに少し手間取りました。とにかく驚かされたことは、北海道のような寂れた地域の地方札所などとは違って、まずどの札所へ行ってもすでに必ず何人かの参拝者がいて、また後から後から続々とやって来るところです。
---中略---
霊山寺はスタートの1番札所ということで遍路用品も充実していて、参拝者も非常に沢山の方々が来ていました。この日は時間的に、霊山寺の1ヶ寺のみで終了。翌日は朝一番にて、13番札所『大日寺』からの参拝予定。
ブログ---宝珠diary
『Occultist による仏教論考 etc.』
https://houju-isis.fc2.net/blog-entry-12.html




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